ミスター・レインマン(Ⅱ)

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 しかし、相も変わらず母の帰りを待ち続ける健気なレインマン少年の曇りのない笑顔を見てしまうと、誰もがこの小さな少年のイノセントな心にこれ以上の傷を負わせたくはないと、直前で躊躇してしまうのだった。  もちろん院内には精神科の医師は複数人いたし、小児科にも子供の心理をケアする専門のスタッフがいた。    彼ら曰く、大人と子供とでは同じ人間であっても、その精神の成り立ち自体が根本的に違うものらしく、おまけにレインマン少年のように物心もつかない幼児期から特殊な環境下に置かれ続けてきた子供の心は、薄氷を幾重か重ねて作られてでもいるかのように、とても脆くて繊細なものだった。  誰かが触れた指先の体温や何かの小さな衝撃を受けただけで、その精神は儚く崩れ、その後の修復が著しく困難になるという。  慎重にならざるをえなかった。  医師も看護師もベテランも若手も、病棟や専門分野の違いなどの垣根を越え、病院全体でレインマン少年にとって一番の善処となる選択を、治療のかたわらで皆が熱心にあれこれと考え、各々が真剣に頭を悩ませていた。  しかし、彼らの苦悩と苦労を呆気なく徒労に終わらせる人物が、突然少年の病室を訪れた。  母の両親、つまりは少年の祖父母だ。  祖父母が医師と看護師に案内されて病室に入った時、少年はちょうど昼寝をしていた。       
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