ミスター・レインマン(Ⅱ)

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 白いベッドの上で穏やかな眠りに包まれ、作り物のように整った顔の口元にはうっすらと眠る前の微笑みの名残が浮かび、窓から差し込む昼の陽光が頬や額のキメの細かい肌に弾かれるようにして輝いていた。  実に美しく神秘的な光景だった。  少年をとりまく空気中の粒子の一つ一つが浄化され、何の変哲もない無個性な病院の大部屋が、どこかの崇高な神殿のような清らかさを湛えていた。  ……少なくとも、祖父母の目にはそう映った。    彼らは呆然と立ち尽くし、そして怖くなった。  強い畏怖を抱いたと言ってもいい。  レインマン少年から発せられた聖なる光を前に、秘密も建前も虚像も幻想もすべては呆気なくあばかれ、世界中にあかるみになってしまった。  神なるものや仏なるものを前にした人々は、思わず自分の胸に手を当てて過去の罪悪を省みてしまうというが、まさしく祖父母はそんな心境だった。  自分達がそれまで選んできた幾つもの選択肢の正否を裁かれているような、自分達が生きてきた人生を改まって計られているような……それほどまでに、眠れるレインマン少年の佇まいは神々しかったのだ。    多分、彼らの抱いた罪悪感がそんなふうに大仰に見せてしまったのだろう。  結婚や子育てを含め、あらゆる物事への考え方が甘いのを少し懲らしめてやるつもりで娘を冷たく突き放したのが、まさかこんな結果になってしまおうとは思ってもみなかった。     
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