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「ちょっとだけ待つけどいいかい?今、手一杯なんだよ」
「うん、いいよ」
私は待合室としてこしらえられた隣の部屋に入り、古びた長椅子の上にドカリと腰を下ろした。
六畳ほどの小さな待合室には見知らぬお爺ちゃんが一人うたた寝をしているだけで、誰も私の変な頭を好奇な目で見てくることもなく、ちょっとだけホッとした。
ここに来るまでの道中でそんな視線にどれだけ出くわしたことか……。自分でやったこととはいえ、やっぱり人からジロジロ見られるのはなんとも背中がむず痒くなった。
多分、母はもっと恥ずかしかったことだろう。
私の手を強く握ったまま、好奇の目を避けるように黙って足早に進む母の背中は、怒りも悲しみも恥辱もない交ぜになったわけのわからない感情のためか、わなわなと震えていた。
そしていつもの床屋の前につくとクルリと振り返り、私の手に幾らかお金を押し付け、何か言うでもなくそのまま一人で帰ってしまった。
目さえ合わせてくれなかった。
だけど私には母がせめて見られるくらいには髪を整えろと言っているのがわかった。
長年、母娘をやっていれば大抵のことは『ツー・カー』でわかる。
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