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「とうぶん、あの現場。いやいや、あの県道には近づかない方がいい」
目を通した新聞にもネットにも、あの『事故』の記載はなかった。
が、男は翌日には『愛車』を自宅から遠く離れた河川敷まで持っていって、捨ててきた。
そうして別の自転車を『調達』したのだった。
捨てたそれも、そうやって調達した盗難車であった。
仮に見つかっても。自分までたどることはできないだろう・・・。
男は、そんな賢しい計算をするのだった。
そうして日数はたっていったのだがーー誰も、男のところにはやってこない。
少なくとも、ある種の『手帳の類』をちらつかせるような者は。
男は自転車を暴走させる常習者であったが、その場所はいつも遠方であった。
仮に防犯カメラのたぐいに撮られていたとしても。男の素性を知る人間は、その周辺にはいないはず。
帰途も大きく迂回をして、カメラなどあるはずもない旧道や田舎道を使用して自宅まで戻ってきた。
それに、言ってみればこんな小さなできごとで、警察組織が本気で動くとも思えない。
連中は確保した犯罪者が警察署からまんまと逃げだしても。責任問題にだけ汲々とするような怠慢ぶりではないか。
大事なのは自分たちの面子や将来であって。市民の安全や将来ではない。
トラブルに巻き込まれてかけこんできた人間に、
『民事だから扱えない』『あんたも悪いよ』『警察もヒマじゃないんだ』
と、冷たく言いはなった話はネット上にいくらでもある。
だから。この程度のことで本気になって追いまわすはずはない、と男は考えるのだった。
それが正しかったかどうかはともかくーー男は次第に安心した。
そもそも今回の元凶は、颯爽と疾走する自分の前に出てきたあのオバサンなのだ。
あいつがトロいから、自分はこんな憂き目を見ているのだ。
実際トロいヤツくらい、救いようのないものはない。
・・・男はむしろ、激突した相手に憎悪の炎を燃やしていた。
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