チキンレース

5/9
前へ
/9ページ
次へ
 そうして。  河川敷に元愛車を捨てた男は再びーーそれまでとは異なり夜間ではあったけれど。  自転車を乗り回すようになっていった。  さすがに商店街のような人ごみではなく、自宅周辺ではあったけれど。  無職の男は、常時ヒマをもてあましていた。  パチンコその他で、ヒマをつぶすわけにはいかない。金がない。自宅ーーといっても親の家だ。  ならば働けばよさそうなものだ。  若さも健康も備えている。  選り好みをしなければ、働き先はーーこのご時世であってもーー色々とあることだろう。  が、男にはその意欲が決定的に欠けているのだった。  親には四六時中、ぶらぶらしていることに嫌味を言われる。居心地がわるい。  で、歪んだプライドをも充足させるヒマつぶしーー本人に言わせればストレスの解消法が、盗んだ自転車での危険走行だったというわけだ。  罪悪感などカケラほどもない。  そもそもそんなものがあれば、『ひき逃げ』などするわけもない。  まして、轢いた相手を嫌悪し憎悪するようなことは・・・。  男の新たな『危険走行』が、無為な日常の一部となった頃。  それなりに傾斜のキツイーー住宅街の坂の上に、男は深夜に自転車で赴いていた。  そこをブレーキをかけることなくイッキに走り抜けるのだ。  ブレーキをかけるのは嫌いだ。平地であろうと、急な坂であろうと。  たとえ途中の横道から車やバイクが出てきても。いや、仮にそれが人間であっても。  それらを華麗に避けることにこそ意味があるのだ。ポイントがーーそうして運があがるのだ。  うっぷん晴らしになるのである。  男は、何一つ、変わっていなかった・・・。 (ゆくぞ)  ところが。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加