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まばらに街灯が並ぶ、坂の下の方に・・・ぼんやりとした灯りが見えた。
おそらく自転車のライトだ。
深夜帯にコンビニにでも行った帰りであろうか。
それは、ゆっくりと坂をのぼってくる。
「ちっ。邪魔だな。くそが。トロトロのぼってきやがって」
舌打ちをした男は、ライトとは反対の側に走りだそうとした。
トロい障害はかわしても意味がない。ポイントがつかない。運がつかない。男にとっては腹がたつだけの代物であった。
だが。
まるで男の内心を見透かしたみたいにライトは、
ゆらっ
と男の進行方向に移動する。
「何?」
もう一度、元の側にーーと思うと、またライトはそちらに、
ゆらっ
と・・・。
「上等じゃあないか」
男は唇をなめた。
それは、たんなる偶然にちがいない。
にもかかわらず、自分の意図にあわせるような相手の動きに、男はイラッとした。
こいつも親やまわりの連中みたいに、自分を見下して軽んじるのか。
被害妄想。男の歪んだプライドが無駄に刺激される。
「なめるなよ」
男の自転車が動く。
相手のライトはーーはるか下ではあったが、男の真正面に位置している。
そのままなら激突コースだ。
そして、相手からも男の自転車のライトは見えるはずなのに、なぜか今度は移動しようとしない・・・。
チキンレースというものがある。
自動車等で。相手のそれに向かってーー衝突寸前までそのまま突進し! 先に臆病風に吹かれて避けた方が敗北というルールだ。
ふつうの人間は、そんなものはバカげていると思うだろう。
この男ですら平時なら興味はなかった。
けれどもこの時の男は、頭に血がのぼりきっていた。
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