乗車前点検

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乗車前点検

 友達と遠出をすることになり、相手の車に乗せてもらったのだが、友達は発車前の点検がやたらと丁寧だった。  どこかに車を停めた後は、乗り込む前に必ず来るの周辺を事細かに確認する。  寒い時期など、エンジンが温まった車の中に猫が入り込んでしまうことがあるなんて話を聞いたことがあるが、だとしても毎回ミラーまでこうまでチェックするものだろうか。  普段はむしろおおらかというか大雑把というか、ともかくそういう奴だから、運転する時は随分変わるなと思っていた。 「なぁ。まだ?」 「もうちょっとだけ待ってくれ」  必要なことなんだろうけど、毎度毎回停車のたびにこうだと、さすがにこっちも焦れてくる。だから、鍵は開いているので先に助手席に乗り込んでおこうと扉を開けかけた瞬間、サイドミラーに人影らしきものが映った。  咄嗟に背後を振り返ったが誰もいない。気のせいだったかと、再び扉に手をかけたら、また何かが映り込んでいるのが見えた。  じっとこちらを見据えるその様子は、まるで扉が開くのを待っているみたいだ。  さすがに気になり、反対側にいる友達にそれを告げたら、友達は慌てて助手席側にやって来て、これでもかというくらい車の周囲を窺った。 「…よし。乗ってくれ」  促され、車に乗り込む。その時も気にしてみていたが、もうミラーに人影は映らなかった。 「さっき、ミラーに人影みたいのが映ったけど、あれって…」 「俺の乗る前の点検、正直ウザいだろ?」  いきなり話を振られ、さすがにその通りだなとは言えず沈黙すると、友達はこちらを決してみないまま先を続けた。 「でも、俺が車に乗る時はあそこまでしないとダメなんだ。もう、お前には理由は判ってもらえると思うけど」  多くは語らないけれど、友達のたったそれだけの言葉と執拗なまでの点検、そして、さっき二度も見かけた人影で、俺は友達の真意を理解した。 「車替えれば何とかならないのか?」 「レンタカーでも一緒だった」 「…そうか」  どうやら友達が運転をする限り、車は何であっても関係ないらしい。  話したくなさそうだから理由までは聞かないけれど、車に乗るたびあそこまで点検しなくちゃなないなんて。 「大変だな」  思わず口をついた心底からの同情。それに友達は言葉もなくうなずいた。 乗車前点検…完
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