車輪の音

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 繁忙期を迎え,毎日の帰りの電車が限りなく終電に近くなっていった。政府が推し進める「働き方改革」とやらのおかげで週末こそ休めるのだが,その分のしわ寄せが平日の残業となって重くのしかかった。定時を過ぎてからが本当の業務時間なんじゃないかと思える毎日だった。  電車の窓に写る自分の姿がガラスの歪みとは関係なく,ひどく醜く歪んでいた。眼の下には気持ち悪いほどクッキリしたクマが見え,可愛げのない疲れ切ったパンダのように見えた。  電車に揺られながら,マンションや住宅の(あか)りをぼんやりと眺めた。車窓から見えるさまざまな光がチカチカと点滅するように目の前で現れては消え,自分が乗っている電車がどこへ向かっているのかも一瞬わらなくなるほど眼の奥で激しい光となって視界を真っ白にした。  残業が続き,体力の限界が近づくと現れる症状だった。初めての時は驚き,不安になって病院にも行った。しかし何種類かの薬を処方されただけで,繁忙期が終わると症状も現れなくなった。 『今回は大丈夫かと思ってたんだけどなぁ……』  きつく目を閉じ,しっかりと吊革を握り締め,背中に流れる汗を感じながら(まぶた)の裏で点滅する光に飲み込まれないように歯を喰いしばった。 『なんのために働いているのだろう……なんのために生きているのかわからない……これから先,ずっとこの繰り返しなのだろうか……』  目を閉じ,歯を喰いしばりながら,電車が揺れるたびに点滅する光が速くなっていくのを感じた。 『死ぬまで,こんな生活なのだろうか……誰とも関わることなく……このまま齢をとっていくのだろうか……』  電車が停まり,大勢の人達が電車から吐き出されるように降りて行くと,突然視界が開け,外の空気を肺がいっぱいになるくらい大きく吸い込んだ。 『まだか……』  自分が降りる駅は,もう少し先だった。
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