ケース1 沙羅

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「いらっしゃいませ。」 バックルームで来客のアラームが鳴ると、 店長の長谷川は速やかに入口まで出向き、重いガラス扉を開けて出迎えた。 東急東横線綱島駅からすぐのビル。一階にはラーメン屋のテナントが入っている。その横の階段を降りるとここ、エイトがある。赤と黒を基調にしたカウンターバーだ。 「いらっしゃいませ。」 バーテンダーの沙羅が目の前で挨拶をすると、 「とりあえず生。」 近年では聞かなくなってきた注文句を放つサラリーマンの山下。沙羅は一瞬微笑むとそそくさとビールを注ぎに向かった。グラスを傾けレバーを引くと、霜がかったそれに向かって泡と黄金の炭酸がなめらかに流れこんでいく。 「お待たせしました。」 「お先に。」 と言って一口飲むと 「沙羅も何かどうぞ。」 と勧めた。 「ありがとうございます。」 ジントニックを作る。乾杯をし、沙羅は山下に何かあったのではないかと尋ねた。その質問に山下はハッとさせられた。それと同時に感心の意を表した。 「今日クレームが来ちゃって。参ったよ。でもよくわかったね。」 と言いながらクスっと笑った。沙羅は得意げに、いつもと様子が違うと教えてあげた。
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