第一話 思い出と少女

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 小雨が降りしきる、水曜日の朝。志穂の通う真岡第二中学校は、今日もそんな天気とは無関係に生徒達の笑い声で満ちていた。しかし一年C組の教室、廊下側の一番前の席には、重たい表情の少女が一人。 「はあ……」 「どしたの志穂、溜息ついちゃって」    志穂の親友、短髪の少女高橋美知佳は丁度バスケットボール部の朝練を終え、タオルを片手に志穂の真後ろに腰かける。 「おはよう、チカちゃん。それが、知り合いのお姉さんが、急に会社を辞めちゃって……」 「もしかして、ブラック企業?」 「わかんない……つい最近まで、元気そうだったから」 「そういうのは、表に出したくても出せないもんよ。残業にパワハラ。それともセクハラ? 全く、嫌な世の中だよね」 「……まったくだぁ」    そう答えたのは志穂ではなく、廊下の窓から突然顔を出した若い男性教師。ラガーマンを思わせる体躯とは裏腹に、その表情は生気を吸われたかのようにげっそりとしていた。 「うわっ、灘セン」 「でもなお前ら。教師以上にブラックな仕事なんてねぇぞ!? 部活顧問に、保護者・近隣住民のクレーム対応、学級崩壊、問題児!」    美知佳を指さし、睨みつける。 「はは、誰の事かな~……」  対する美知佳は眼を逸らし、口笛を吹くふりをする。そんな二人を見て、志穂の口元が僅かに緩んだ。 「はぁ……俺は何のために、血を吐くような思いで教員免許を……。こんな事なら、ずっと学生、いや、赤ん坊のままで……」 「灘先生! まーた会議すっぽかして!」 「あーっ! すんませーん!」    灘とほぼ同年代の女性教師が彼の耳を摘まみ、力一杯に引っ張る。そのまま彼は廊下を引きずられ、少し先の空き教室に放りこまれた。 「大人って、大変だなぁ」 「『大人』、か」  何気ない美知佳の一言を、志穂は神妙な面持ちで反芻した。
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