0人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
小雨が降りしきる、水曜日の朝。志穂の通う真岡第二中学校は、今日もそんな天気とは無関係に生徒達の笑い声で満ちていた。しかし一年C組の教室、廊下側の一番前の席には、重たい表情の少女が一人。
「はあ……」
「どしたの志穂、溜息ついちゃって」
志穂の親友、短髪の少女高橋美知佳は丁度バスケットボール部の朝練を終え、タオルを片手に志穂の真後ろに腰かける。
「おはよう、チカちゃん。それが、知り合いのお姉さんが、急に会社を辞めちゃって……」
「もしかして、ブラック企業?」
「わかんない……つい最近まで、元気そうだったから」
「そういうのは、表に出したくても出せないもんよ。残業にパワハラ。それともセクハラ? 全く、嫌な世の中だよね」
「……まったくだぁ」
そう答えたのは志穂ではなく、廊下の窓から突然顔を出した若い男性教師。ラガーマンを思わせる体躯とは裏腹に、その表情は生気を吸われたかのようにげっそりとしていた。
「うわっ、灘セン」
「でもなお前ら。教師以上にブラックな仕事なんてねぇぞ!? 部活顧問に、保護者・近隣住民のクレーム対応、学級崩壊、問題児!」
美知佳を指さし、睨みつける。
「はは、誰の事かな~……」
対する美知佳は眼を逸らし、口笛を吹くふりをする。そんな二人を見て、志穂の口元が僅かに緩んだ。
「はぁ……俺は何のために、血を吐くような思いで教員免許を……。こんな事なら、ずっと学生、いや、赤ん坊のままで……」
「灘先生! まーた会議すっぽかして!」
「あーっ! すんませーん!」
灘とほぼ同年代の女性教師が彼の耳を摘まみ、力一杯に引っ張る。そのまま彼は廊下を引きずられ、少し先の空き教室に放りこまれた。
「大人って、大変だなぁ」
「『大人』、か」
何気ない美知佳の一言を、志穂は神妙な面持ちで反芻した。
最初のコメントを投稿しよう!