第一話 思い出と少女

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 放課後になっても、雨は依然として止まなかった。灰色の雲の下、水溜まりに映った街灯の光が街路に薄ぼんやりと広がる。志穂はその上を、傘を片手に疾走していた。   しかし向かった先は実家ではなく、その近所のアパート。水色のペンキで塗り直されたばかりの外壁とは裏腹に、通路は殆ど手付かずでヒビや汚れが多く目立っていた。  志穂はその中の一つ、桜子の部屋の玄関前に立っていた。ポストの口からは、手付かずの朝刊が顔を覗かせる。  インターホンを鳴らすか否か迷い、左の人差し指を伸び縮みさせる。右手には、桜子の好きなウサギのキャラクターがあしらわれた封筒を携えていた。 (手紙を置いて、帰るだけなら……)  意を決し、ボタンを押す。何度も聞いた馴染みの電子音が、どこか寂しげに感じられた。しかし、反応は無い。在宅ではないのだろうか。念のため、マイクに向かって伝言を残す。 「こんな時に、すみません。志穂です。良かったら、また家に遊びに来てください。ちょっとしたお手紙とサービス券、入れておきますから。それじゃあ、また……」    悲し気な表情のままポストに封筒を差し込み、帰ろうとする。踵を返したその時、インターホンから僅かなノイズと共に、聞き覚えのある声が流れた。 「……ありがとう、しーちゃん」 「桜子さん!?」 「せっかく来てくれたんだから、上がって上がって! 今準備するから、ちょっと待ってて」    志穂は安堵しながらも、昨日の桜子の様子を思い出し、一抹の不安を抱いて待っていた。数分後、玄関の分厚い扉が軋んだ音を立てて開いた。 「いらっしゃい。さ、どうぞ」 「……お邪魔します」  いつもと変わらない、桜子のあの笑顔。それだけに、真っ赤に充血した眼と、腫れあがった瞼が痛々しかった。
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