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「え?」
「きっともういいんじゃないでしょうか。昔何があったかなんて、思い出さなくても。」
「そうでしょうか?」
「そうです。僕がいいって言ってるんだから、いいんです。」
困惑混じりの瞳で俺をじっと見つめる。
その日以来、俺は時間があれば凛子の部屋へ通った。凛子はあれから、あの夜のことを俺に尋ねるのを止めた。
病室から見える川沿いのしだれ桜が、春の嵐で花びらを散らしている。
俺は車椅子の凛子をその川縁へ連れ出した。
「不誠実。しだれ桜の花言葉・・」
頭上を乱舞する花を見上げて、凛子が呟く。
「もう考えるのは止めろ。過去なんか捨てればいい。」
「あなたがそれでいいのなら。」
あの夜の黒い蝶が、俺の腕の中で羽を休め、静かに目を閉じた。
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