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黒い蝶
警察学校を卒業した俺は、一晩中ネオンに焼かれる街の交番に配属された。
ほどなく、立ち番のその場所から、夜毎雑居ビルの非常階段に立つ女を見つけた。
女はいつも黒いドレスを身に纏い、低い手摺りの向こうへ両手を伸ばし、じっと星のない夜空を仰ぐ。
祈り?違う。
あたかも黒い蝶が羽を休める場所を求めさまよっているようだ。
年の瀬間近の雪の夜、その雑居ビルに覚せい剤譲渡の一斉摘発が入ることになった。
俺は非常階段の真下に配置され張り込んでいた。
出てくるな
今夜だけは出て来ないでくれ
そう願いながら、イヤフォンから流れる警察無線に耳をそばだて頭上を見上げた時、突然あの非常扉が開く。
「逃げて。」
絶叫とともにあの女が現れ、背後から男が飛び出してくる。
「待て。止まれ。」
その声は龍也。
女が懸命に両手を広げ龍也の前を塞ぐ。
「逃げて。逃げて。」
非常階段に向かっていた男の足が一瞬止まる。
振り向き様、男の腕が女の背を突き飛ばす。
龍也が、女のその腕を振り払った瞬間、女の体は手摺りを越え、羽を無くした蝶のように宙を舞う。
どん・・
俺の真横に黒い異物が落ちてきた。
「真吾、女、生きてるか?」
追っていた男を羽交い締めにし、階段の手摺り越しに龍也が叫んだ。
闇夜をさ迷い舞っていた黒い蝶、微かな息遣いがあった。
「生きてる。」
搬送される救急車の中、思いの外あどけない顔の頬に、深く刻まれた傷痕を、俺はぼんやり見続けていた。
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