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「私あの夜のことや、それ以前の事を覚えていなくて。あなたにお会いして、あ、お名前もうかがっていませんでした。」
「真吾です。」
「私は凛子といいます。詳しくお窺いすれば思い出すのではないかと思って、失礼かとは思いましたが、お手紙を差し上げました。ずっといらしていただけなかったので、もう諦めていました。」
「すぐに来たかったのですが、仕事を辞めてゴタゴタしていたものだから。それに女性の部屋に行くのも、何だか気が引けてしまって。すみません。」
「そんな。こちらこそ、無理なお願いをしてしまいました。でも、来ていただけてとても嬉しいです。」
「何も思い出せないのですか?」
「ええ。ずっと考えているのですが、どうしても思い出せなくて。思い出せるのは、暗闇の中で、誰かが私を見てくれていて、とても優しい目をしているのですが。でも、私は寂しかったり、泣いていたりで・・。」
「それで?」
「とても怖くなって、その後は何も浮かばなくなります。それでも、何とか思いだそうと暗闇に目を凝らすと、その遠くから見てくれている人が、
もういいじゃないか
って言ってくれて。私、いつもその声を聞いたら、考えるのを止めてしまうのです。」
「じゃあ 、もういいんじゃないですか。無理に思い出さなくても。」
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