5人が本棚に入れています
本棚に追加
いつの日にか、兄様の目がときおり紅く染まり見えるようになりました。
その意味合い。
あのときまで。
わたくしにはわかりませんでした。
変わられた。
暴君になられた。
側近の者たちが皆一様に、口には出さぬが目配せで、兄様を陰で噂し合うようになりました。
戦場で、雑兵の疲れまで心を砕いていた兄様でした。
それが父上の跡を継いで、殿と呼ばれるようになったときから、まるで人が変わられたかのように、人を人とも思わぬ使い方をなさるようになりました。
わたくしも気づいておりました。
ですが、兄様は城主となられたお方。
「そのようなこと、めったやたらと口にするものではありませぬ」
わたくしは年老いた家臣を諭しました。
「しかし姫様。殿は生死を彷徨う病が癒えたのち、まるで人が変わってしまわれたようでございます」
以前は父上に言われて仕方なく、戦に出ていかれました。先祖から受け継いだ土地を守るためです。戦を仕掛けてくる輩を追い払っていました。
ですので、領地を増やすという目的で、率先して出ていくことはありませんでした。
温厚すぎて愚鈍。
陰で悪口を叩かれ嗤われていたほどです。
ですがいざ、他の武将の如く他国を散らす欲を出せば、非情ではないかと、責める声が立ちます。まこと上に立つ者は難儀なことです。
それにしても。
わたくしは記憶を辿ってみます。
確かに兄様は異なっているのです。
病で倒れる前と癒えたのちとで兄様は。
さりとて、別人と入れ替わるなど決してあり得ません。兄様の肩にはチョウのような形のアザがあります。物心ついたときから、わたくしは兄様の蝶を愛でてきました。兄様の肩には変わらず蝶が留まっております。
「わしは天下を取る。おまえを国一番の姫にしてやる」
「兄様、わたくしは充分幸せでございます。この身を飾る金銀など要りませぬ」
「金銀? そのようなつまらぬものなど、わしとて欲しゅうない。人としての定め。抗えぬものを手中に収める。未来永劫の幸を、おまえに授けよう」
秋風吹く、月光眩しき濡れ縁。
兄、妹のみの酒席。
いつになく進む兄様の杯が空となります。
下仕えを呼ぼうとするわたくしを、兄様が密やかに止めました。
最初のコメントを投稿しよう!