第2章〜本当の悲劇〜

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櫻井の話によると、この病院の本館でも揺れは起こったらしく、ここでも大惨事になったらしい。櫻井はぎゅっと瞳をつぶったのだそうだ。 揺れがおさまり、彼が瞳を開いてみれば、つい先ほどまで診察していた患者が鮮血を流し、意識を失っていたとのことらしい。 患者に近寄り、声をかけてみたらその胸元から真紅の鮮血が噴出し、櫻井の肩にかかったそうだ。脈もなく、呼吸もない患者を目にした櫻井は、このままでは患者が危ないと思い、外に出て助けを呼ぼうとしたら、先ほどマリシュカが看護婦寮で見た景色と似たようなものが目の前に広がっていたという。 その後、一階まで下りてマリシュカを見つけて今に至るそうだ。 「この本館じゅう、全て回ってみたのですが、意識のある者は一人もいませんでした。しかし、ひっかかるところがあるのです。これだけの強い揺れがあって爆音が聞こえたのに病院の機械や家具などが破損したり倒れたりするだけで、建物が壊れたり窓ガラスが割れたりしている場所はどこにもありません。」 「あ・・・確かに、看護婦寮でも建物の損傷はございませんでした。」 櫻井の言う通りだった。大地震が来たのであれば建物が壊れてもおかしくない。マリシュカは一度、この病院の先輩の誰かから明治時代に起きた三陸沖地震という大地震のことを聞いたことがあった。建物の倒壊は勿論、沖だから津波まで起きたという話だった。 話を戻すが、二人ともこの異様な事態は只事ではないということを理解していた。 「・・・櫻井さん、お話が変わってしまいますが、小原さんと田中医師をお見かけしませんでしたか? あのお二人なら――。」 「残念ながら・・・。」 「そんな・・・。」 マリシュカは櫻井の言葉で察した。翔子と田中はもう生きていない可能性が高いということを。 「・・・いずれにせよ、これは緊急事態ですね。外部の方に助けを呼びましょうか。」 「そうですね。では、行きましょうか。」 「ええ。」 そんな会話をすれば、マリシュカと櫻井はこの帝都の病院を後にした。 漆黒の夜空に青白い三日月が浮かび、その三日月がこの病院で起きた出来事に悲しんでいるのかのようだった。
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