君と僕の間には③何も知らない彼のこと

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「1階が有機グループ。主に有機溶剤を用いた抽出操作を行う作業の部屋だ。鳴神は有機グループだから、主にここで作業にあたる。ノルヘキ抽出、PCB(ピーシービー)、残留農薬、有害大気、室内環境、環境ホルモン、VOC(ブイオーシー)TPH(ティーピーエイチ)なんかが主な守備範囲だ。 まぁ、SEM(セム)だろうがTG(ティージー)だろうが、あいつは言ったら何でもやるね。断った事はないし、80から120パーセントが許容範囲の試験でさえ、プラマイ0.5パーセント程度でキッチリ合わせてくる。ちょっと見ていく?」  代理が休日出勤している作業中の従業員に声を掛け、残留農薬試験操作を見せてもらった。局所排気装置内に設置された吸引マニホールドに注射筒(シリンジ)のようなカラムが差し込まれ、検体が吸い上げられていく。 「白い粉の部分に農薬が吸着されるから乾かしてから溶媒で抽出する。で、できた検液を液クロにかける。彼は難しい標準の回収も、内標回収も安定的にこなす貴重な戦力だ。何を扱わせても迷いがないし、何より早い。数こなす必要がある項目では特に重宝してる。」  抽出液を試験管に注いで並べ、窒素パージしながら濃縮させる工程まできた所で所長代理が操作手を労って離席させた。 「彼の操作はこんなもんじゃない。口が悪いから粗っぽく見えるけど、感覚が繊細なんだろうね。バイアル一つ持たせてみても、指先の動きがセクシーだ。あいつ絶対エロいよね。」 「代理、ガチのセクハラはやめてくださいね。女性が居るんですから。」  ミキが所長代理に苦笑した。 「本人がいないんだから、いいじゃない。ダメか。」  所長代理は豪快に笑った。 「喫煙室通るけど良いかな?」  所長代理が喫煙室の向こう側にある、中二階の作業場へと二人を案内した。
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