第1章

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 私はドキドキしていた。周りの反対を押し切ってジャーナリストになる夢への第一歩を踏み出したからだ。家を出る前は期待の中に不安が混ざっていた。でも、家から一歩外に出た途端、胸のつかえがとれてしまった。その代わりに心地良い爽快感に包まれた。それはミカンとかブドウとかリンゴを噛んだ時、口の中にあふれ出てくる天然の爽やかさだった。私はその気持ちを忘れないように電車に乗るとすぐにカバンの中から日記を取り出して記録した。期間限定、売り切れ御免、後にも先にも今しかない。なんだか売り物みたい。今、私はちょっとやそっとじゃお目にかかれない逸品なんだからそれも仕方ないと思った。  受験も無事に終えて高校入学を控えた中学三年生。1月にあった期末試験も終わって、残されたイベントは卒業式だけ。今は自由登校期間で私は中学生と高校生の間にいる。この希少価値の高い時間を有意義に使うべく、私は一足先に下宿先に引っ越しをすることを決めた。  電車は定刻通り駅を発車した。電車は目的地であるK市に向かってゆっくりと動き出した。お昼過ぎくらいには到着するはずだ。いくつか駅を通過して電車は海岸線に出た。私が乗っている電車は実家のあるF市と下宿先のあるK市を繋ぐ観光路線で休日になると2両編成の車内は通勤ラッシュみたいになる。通勤ラッシュはまだ経験したことはないけど。きっとそんな感じ。今は平日の昼間だけあって乗客は私以外に詰襟の学生服を着た男子の集団と気持ちよさそうに眠る子供を抱えた親子だけだった。  2月の良く晴れた日だった。車窓いっぱいに広がる海は陽光を反射して、目が眩むほど輝いていた。電車はレールのつなぎ目を通過するたびに心地良いリズムでタタンタタンとおなじみの音を響かせた。  終点につくまでに色々な人が電車に乗り降りしていった。目につくのは外国人だ。その多くは観光客だと思う。でも、これからの先の未来では外国人と一緒に暮らすことが当たり前になる日も来るかもしれない。街を歩いていて、道を尋ねられたことだって何度もある。私のクラスには留学生はいないけどハーフの人はいる。私がジャーナリストになりたいって思ったきっかけも叔父である香山直が戦地で撮影した中東の男の子の写真を見たからだった。
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