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酒くさい寝息。今日は、翔一郎さんにしては飲んでいた。ツアーの成功を心から喜ぶ笑顔は、嘘のない柔らかさで。今も、うっすら微笑みが残る顔で、気持ちよさそうに眠っている。
俺はしばらく、翔一郎さんの寝顔を眺めた。たぶん今日は、一度触れてしまえばもう歯止めがきかなくなるだろう。
それだけは、ダメだ。一度の過ちで、翔一郎さんのそばにいられなくなれば、この欲情さえ押さえつければいい今どころじゃない、地獄の日々だ。
眼鏡を外し、顔をこする。深い深いため息が漏れる。手で顔を覆ったまま、この部屋で一夜を過ごすか、それともやっぱりどこかに行くべきか、しばらく考えた。酔っている自分をはたして信用していいのか。これまでのことをパーにしないためには、ここにいないのが一番じゃないのか。
「……たかのぶ……?」
甘くもつれた翔一郎さんの声に、心臓が跳ね上がる。手を顔から離して翔一郎さんを見ると、翔一郎さんは無防備に笑って俺を見ていた。
「起こしちゃいましたか、すみません」
声がからからだ。胸も欲情もうずく。
翔一郎さんは横になったまま首を横に振り、右手を俺の方に伸ばした。
「こっちに来て」
へっ? と裏返った情けない声が出た。ごまかすように笑う余裕も、俺にはない。
「おいで、隆宣」
意外にはっきりした声。でもきっと、酔っている。そうじゃなきゃこんな、意味するところは一つしか考えられないような言葉を、翔一郎さんが言うはずがない。
動けずにいると、翔一郎さんはベッドから身を乗り出して、俺の左手をつかんだ。骨張った細くて長い指と、湿った体温を感じる。
「……ど、どうしたんですか、いったい? 寝ないと明日の仕事に響きますよ?」
こんなことやめて欲しい。俺はあなたのことが好きで、そんな想いを抑えこんで、妄想であなたを何回も何回も抱いてきたような男なんだ。
「ハルの新曲、聴いちゃったらさ……」
翔一郎さんが俺の手を引く。俺はほとんど崩れるように、ベッドの間に座りこんだ。
もう無理だ。心は完全にキャパオーバーだ。
「俺の思い違いだったら、ごめん」
翔一郎さんの手が、俺の金髪をゆっくりなでる。優しい瞳がまばたきする音までもが聞こえそうで、耐えられない。つらい。
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