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顔を隠そうとする左腕をつかんで、俺は翔一郎さんの人差し指に舌を這わせ、指先を口に含んだ。硬い指先には、へこんだ線ができている。ギターの弦を押さえ続けたせいでできたその線を、舌でなぞり、味わう。
「続きはまた明日、仕事が終わってからにしましょうか」
何度もなぞった妄想が、現実になった。俺の熱は爆発しそうだ。だけど今夜は、これでもう充分。翔一郎さんの明日の仕事に差し支えることは避けたい。なにがあっても、それだけは守りたいと思う。
「……えっ?」
さも意外そうな声を出す翔一郎さんの指を、わざとエロく見えるようになめ上げ、音を立てて指先に口づける。
「したいですか? 期待してます?」
いつもの、からかう俺と照れる翔一郎さんという関係性。それも今は、体温が溶けあう距離で。
翔一郎さんは少し潤んだ目で、俺を無言でにらんだ。もちろん俺だって、今すぐしたいけど、でも。
「素面の時の方が、嫌っていうぐらいしてあげられますから。その方がいいでしょう?」
「お前ってヤツは……」
ぶつぶつつぶやく翔一郎さんの唇に軽くキスして、俺は立ち上がった。
「さあ、明日のために寝て下さい。おやすみなさい」
寝るために服を脱ごうとする俺を、ぽかんと意外そうな顔で見上げる翔一郎さん。
そんな顔されても、いきなり同じベッドで寝たりはしない、というかできない。怖い。そんなに急に、すべてを俺に許さないで欲しい。
それにもし、なにもかもが酔った勢いだったら? 翔一郎さんが朝、なにも覚えてなかったら? 俺にはそれが怖い。別々に寝ていれば、その時のショックもダメージも、俺達の今後も、なんとか笑ってごまかせる。
人のことはけしかけられても、自分のこととなるとこのざまだ。情けない。
「……幸せが怖いのは、分かるよ」
そっと置くようなつぶやきに、振り返る。そこにあった笑顔は、あまりにもきれいで、ふれたら壊れそうなのに、強くて。
横になったままの翔一郎さんを、思わず飛びつくようにして抱きしめた。
この人を守りたい。俺よりずっと長く生きてる人に、まだ人生経験も浅い俺が、そんなことを思うのはおかしいだろうか。
「でも、幸せが怖いのは、自分や相手を信じていないってことだよ」
俺の背中に回した腕にゆっくり力をこめながら、小さく耳もとでつぶやかれる言葉。
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