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「セイ。代金いいから髪切ってくんない?」
真剣な表情で俺の自転車を直してくれる慎兄ちゃんは、顔をこちらに向けることなくそう言った。
「このおっさん何言ってんだ。面倒臭ぇ。金払うから店行け」
俺はそっけなく返すが、慎兄ちゃんはクスクス笑って頼むよ~、と言った。
慎兄ちゃんには敵わない。昔から。
けれども面倒臭いものは面倒臭い。
昔から人に髪を切ってもらうのを好かない慎兄ちゃんは、けれどなぜか俺に切られるのだけは許した。
「あと俺まだ24だから。おっさんじゃないから」
俺は美容師じゃないし、まして美容師目指してるわけでもないし。
いつから慎兄ちゃんの髪を切るのが俺になったんだろうか。
あれは、まだ俺が小学生の時ではなかったか。
8歳年上の慎兄ちゃんは、小4の俺から見れば大人だった。見た目は……。
それより前から知っていたけれど、当時高3だった慎兄ちゃんは人に触れられるのを嫌っていた。だから髪を切るのはいつも俺の親父だった。
親父は器用だったし、慎兄ちゃんも昔から知っていたこともあって親父に触れられるのは拒まなかった。
ある日、慎兄ちゃんの髪を切っている親父を見ていると、京星もやってみるか? と言った。慎兄ちゃんが了承したこともあって、俺は恐る恐る慎兄ちゃんの髪にはさみを入れた。
親父に教わりながら切った出来上がりは、意外と上手かった。親父譲りの手先の器用さが役に立つとは……。
そこから慎兄ちゃんの髪を切るのが俺の役目になってしまったわけだが……。
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