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「あ、そう言えば夏さんに手、合わせてない」 「え、ちょ、髪」 俺は慎兄ちゃんを無視して勝手に店の奥に行き、家に繋がる階段を上った。 夏さんとは、橘 夏之介(なつのすけ)さんのことで、慎兄ちゃんの親父さんだ。2年前に事故で亡くなってから、慎兄ちゃんがこの店を継いだ。 慎兄ちゃんの家に上がり、仏間に行くと夏さんに手を合わせた。 おはようございます、今日も慎兄ちゃんはちゃんと働いています、という失礼な報告を夏さんにすると仏間を出て店に戻った。 「毎回、ありがとうな」 「別に。夏さんには俺もよく世話になったし」 夏さんは俺の親父の高校からの親友で、俺もよく遊んでもらった。 もちろん慎兄ちゃんにも。 「セイ。パンク、直したぞ。髪切って」 キラキラした目で鋏を渡されたら、断れそうもない。 面倒臭ぇ、とため息を吐いて、引き気味に鋏を受け取った。 「はぁ」 「あからさまにため息吐くなよ……。あ、いつも通りで頼むな」 苦笑しつつも注文を付けることは忘れない慎兄ちゃんは、自分でタオルをまいて店にあるさっきまで俺が座っていた椅子に腰かけた。 チョキチョキチョキ。 静かな店に髪を切る音が響く。ハラハラと落ちる髪と、少しずつ短くなっていく髪。 俺は手を止めず、割と適当に髪を切っていった。
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