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「若紫様。今宵もお疲れでしょう。今宵はもうお休みに…」
「阿理琴…私…初めてお客様と楽しく過ごせたわ…」
「それは…」
分かっております…
襖の向こう側から聞こえてくる…
貴女のお声が…
とても楽しそうでした…
その笑い声も…
その笑顔も…
全部私だけが見ていたのに…
胸が痛い…
押しつぶされるようだ…
「…」
「阿理琴…?」
「…この阿理琴も、若紫様が楽しゅう時間をお過ごしになられて、とても嬉しゅうございます」
私は…
若紫様の側用人で…
忠誠を破って抱く想いなんて…
いらない…
私は…
喜ばなければならない…
「今宵は水野純義様がお越しになります」
「そう…純義様が……」
私は
やっと気づけた
私は
あの男が
「…若紫様。御化粧をさせていただきます」
「化粧のことだかな…今日は白粉は薄うて良い…」
「かしこまりました」
「昨日は…よく眠れた…」
「それは……大変良うございました…」
憎いのだ
「よぉ…今宵も来たぜ」
「二度もお越しになられるとは…嬉しゅうございます…」
「はは。じゃあ行くか」
「えぇ。阿理琴。下がって良い」
「かしこまりました…」
「まぁ…菩薩のような遊女だなんて…外では面白いように言われているのですね…嫉妬と欲望が絡み合うこの空間に…菩薩のような女など…いるわけないのに…」
「…たとえ…菩薩のような女でなくても…そなたはきっと誰よりも美しいさ…」
「…まぁ…嬉しゅうご冗談を…」
若紫様の楽しそうな声を聞くたびに…
あの男の声を聞くたびに…
胸が締め付けられる…
キリキリと…
音を立てるのだ…
貴女を笑わせられたのは…
私だけだったのに…
「純義様…もうお時間ですわ…」
「なんか…別れるのは名残惜しいなぁ…」
「うふふ…また明日お越しくださいませ…」
「…目瞑りな……」
「はい……」
耳をつんざくように
気持ちの悪い音が聞こえてくる。
執拗に掻き回すその音が
耳に残る。
「純義様…恥ずかしゅうございます…」
うるさい…
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