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薄闇の下で、大切そうにタオルを抱きながら朔之助は笑った。
今日、初めての笑顔。
舞台でも見なかった、いい表情。
「取り替えてくる。きたない使い古しを使わせて、ごめん」
「いいよ。これがいい」
構わず、朔之助は伊都子のタオルを使い続ける。
恥ずかしい。
奪い返そうとすると、身体をよじって逃げられた。
けれど、雨の水分を拭くだけではだめだ。
着替えなくてならない。
風邪でもひいて今後の公演に支障を来たしたら、大変なことになる。
「朔ちゃん。中に入って」
伊都子の家には男性の着替えがないので、とりあえず母が朔之助の服を持って帰るまで、自分の浴衣にでも着替えてもらおうと考え、伊都子は朔之助を自分の部屋に招いた。
電気をつけても、明るさに欠ける地味な自室に。
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