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だんだんと、ばかばかしくなってきた伊都子は、目の前の朔之助をマネキン人形かなにかだと思って、一気にベルトを外してデニムも下着もすべて、床の上に落としてやった。
朔之助の身体からは、目を背けている。
だいじょうぶだ。できた。
けれど、不意に触れてしまった脚はぞくりとするほど、冷たい。
伊都子は思わず屈み込んで、朔之助の腿に触れてしまった。
あたためなければ、というとっさの判断だった。
「こんなになるまで、東京を歩くなんて。革靴だったんでしょ。濡れたものは洗濯して、届けておくか……ら……」
伊都子の声は、かすれて終わった。
朔之助が伊都子を頭の上から抱きしめたからだ。
「伊都子」
突然だった。
十年以上間近で暮らしてきたが、朔之助は過去に一度も伊都子に恋や愛を訴えたことはない。
たとえ、冗談にでもなかったことだ。
止まりそうになる息の下、伊都子はかろうじて声を出す。
「朔ちゃん、どう……したの?」
もちろん伊都子は抗った。
しかし、もがけばもがくほど、朔之助の身体の中に己がすっかり取り込まれてしまう。
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