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「伊都子」
これは、いっときの気の迷いだ。
舞台がうまくゆかず、困惑を伊都子にぶつけているだけなのだ。
身近でもっとも手っ取り早い、伊都子に。
「うちのお母さんが戻ってくるよ。どうしたの、朔ちゃ……」
朔之助は力に任せて伊都子のブラウスを、容赦なく破り捨てた。
引きちぎられたボタンが四方に飛ぶ。
伊都子は恐怖を感じた。
朔之助のほうには特別な感情がなくても、ずっとずっと憧れ続けてきた相手。
それが、こんなことになるとは。
「伊都子が、あたためて」
朔之助の冷たい手は、伊都子の身体の上を執拗なまでに這う。
怖い。朔之助が怖い。
伊都子は心で叫んだが、朔之助は構わず目的を果たそうと攻めてくる。
すでに、壁際に追い詰められていた。
「ひどい、朔ちゃん。ひどいよ。私だからって。こんなのって、ない。お願い、やめて」
目の前にいる人は、自分が知っている『朔ちゃん』ではなかった。
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