1 あなたとの距離

22/22
151人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ
「伊都子」  これは、いっときの気の迷いだ。  舞台がうまくゆかず、困惑を伊都子にぶつけているだけなのだ。  身近でもっとも手っ取り早い、伊都子に。 「うちのお母さんが戻ってくるよ。どうしたの、朔ちゃ……」  朔之助は力に任せて伊都子のブラウスを、容赦なく破り捨てた。  引きちぎられたボタンが四方に飛ぶ。  伊都子は恐怖を感じた。  朔之助のほうには特別な感情がなくても、ずっとずっと憧れ続けてきた相手。  それが、こんなことになるとは。 「伊都子が、あたためて」  朔之助の冷たい手は、伊都子の身体の上を執拗なまでに這う。  怖い。朔之助が怖い。  伊都子は心で叫んだが、朔之助は構わず目的を果たそうと攻めてくる。  すでに、壁際に追い詰められていた。 「ひどい、朔ちゃん。ひどいよ。私だからって。こんなのって、ない。お願い、やめて」  目の前にいる人は、自分が知っている『朔ちゃん』ではなかった。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!