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傘を差した甲斐もなく雨はスーツの肩をしとどに濡らしていた。手近な小さい通用口から病院の中に逃げ込んで慌てて傘を閉じると、勢いよく水滴がはじけ飛んだ。これでは今日の訪問も先が思いやられる。わたしは溜息をつきながら入り口付近のエレベーターに乗った。6階の3部屋目の個室。昨日メールしたとき、女は確かそう言っていたはずだ。
エレベーターを降りると、妙に明るい無機質な廊下が広がっていた。
今日は雨だし、窓はほとんど見当たらない。この廊下を照らしているものは、まだ昼間だというのに煌々と輝いている蛍光灯だった。
病院のスタッフもまばらで、この階にはあまり人が出入りしないようだ。
この執拗なほどに清潔な病院の一室に雨水まみれの身体を持ち込むことが急にすまなく思えて、申し訳程度に二の腕あたりを拭った。
想像した以上に重たい引き戸を動かすと、病室に飽和した消毒液の臭いが鼻についた。
広すぎる病室の壁と天井はどこまでも白く、部屋の奥の小さい窓に映る田畑と森の緑だけが、奇妙に浮かんでいる。
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