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外伝 死に逝く空の彼方に プロローグ
物心ついた時から、俺は一人だった。
目の前に誰か居た気がする。
背の高い男だ。
きっと、父親というものだったのかもしれない。
かもしれない、というのは、それを確かめた事が無いからだ。
男は見上げても顔が見えない程背が高くて、いつも俺の前を歩いていた。
何も喋らなかったし、俺も男に対して何もしなかった。
ただ、後を追いかけて、男が食べ残して置いてあった残飯を漁って後を追う日々。
毎日、追いかけて、追いかけて、追いかけて。
俺が後を追ったのは、男が俺が追いつけるように立ち止まってくれたからもしれない。
追いつけない。
けれども、必ず待っていてくれる。
だから、後を追って食べて眠るのが俺にとっての当たり前。
疑問なんて感じなかったし、不満も無かった。
ある日、俺は蛇に噛まれた。
食い込んだ牙が熱く熱く、腕が焼けるようだったのを覚えている。
後でそれが毒蛇だったのだと知った。
毒の周りは早くて、俺は直ぐに地面に伏してのたうった。
幼心に、男が俺にとって何なのか知っていたのかもしれない。
小さく細い指先は、誰に言われる訳でもなく、考えて判断するまでもなく、男の方へと伸びていた。震える指先、熱く熱く爛れるように熱く、痺れるような痛みで脳が沸騰する中で懸命に手を伸ばした。
男はそれをただ黙って見ていた。
どのくらいたっただろう、視界が白く星が弾けて、気持ち悪さと心地よさに包まれる頃、男は空を見上げて呟いた。
「空は、死んでいる」
声色を覚えてはいない。
顔も覚えていない。
なのに声も顔も、形の無い、死人のようだったのを覚えている。
それが俺の幼少の頃の父の記憶。
それでも俺は手を伸ばし続けた。
空に向かって。
日が昇り、また落ちて、登り逝く。
開放された瞬間に見た空の色を、俺はきっと生涯忘れる事はないだろう。
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