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☆
僕の住む町には元宇宙飛行士が住んでいる。
馴染みの喫茶店…というか町に喫茶店は一つしかないのだが…その店でアベル氏はいつも同じカウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた。
アベル氏は僕の周りの誰よりも老人だったが、同時に僕の周りの誰よりも屈強だった。
いつもスーツを着ていて姿勢が良く、大抵はコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
嘘か本当かは分からないが半世紀前は宇宙飛行士だったという噂だ。
僕はアベル氏の隣の席…の更に隣の席に座ることが多かった。
何度か話をしたこともあるが、噂について尋ねると肯定も否定もせずに、ただ黙ってにっこりと笑っていた。
僕はその笑顔が好きで、その笑顔が見たいから敢えて毎回同じ質問を繰り返した。
だから僕としては噂が事実であろうとなかろうとどっちでも良かったのだが、なんとなく本当に宇宙飛行士だったんだろうなとは思っていた。
アベル氏の青い目には僕らには無い何かが秘められている気がした。
それはもしかしたら宇宙から見た地球の青い輝きを目にしたからなのではないかと。
そんな幼稚な妄想を抱いていた。
そのアベル氏が亡くなった。
僕はまたしても噂でそれを知った。
最近、店で見ないなと思ってマスターに聞いたら教えてくれた。
悲しくなかったと言えば嘘になるし、ショックもそれなりに受けたが涙は出なかった。
所詮、僕らは同じ喫茶店に居てさえカウンターの椅子一つ隔てた関係性だったのだから。
でも、僕はそれ以来、空を見上げると彼を思い出す。
多分、彼の魂を想って。
ある日、僕がいつものカウンター席に座っているとアベル氏の席に後から入ってきた女性が座った。
「その席にはあのアベル氏がよく座っていたよ」
見知らぬ女性だったが僕は思わずそう話しかけていた。
女性は一瞬びっくりしたようだったが、すぐに微笑み、尋ねてきた。
「宇宙飛行士だったっていう? あれは本当だったの?」
その問いに僕は肯定も否定もせずににっこりと微笑んだ。
それが何よりも自然に感じて。
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