第三話

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町家の子どもを相手にする手習所を開いた矢先に父が逝き、跡を引き継ぐと決めたがいいが、その後すぐに小夜里は窮地に陥った。 町家には、女の師匠に教えを乞いたいと思うような、男の子どもがいなかったからだ。 父がいた頃に来ていた男の子たちはみな、男の師匠の手習所へ移った。 かと云って、江戸ならともかく、こんな諸国の藩では、おなごに読み書きを学ばせようと思う親もほとんどいなかった。 そんなものを習うくらいなら、三味線や裁縫など、いざとなったら身を立てられる習い事の方がよっぽど(ため)になると考えられていた。 そして、武家の女の凛とした(たたず)まいは、町家では(いや)でも目につく。 面と向かってはなにも云わなかったが、大人たち(特に女房連中)にとっては、お高くとまったように見える小夜里のその(さま)が、見目麗しい顔立ちとともに、鼻につくようだった。 しかし、年若い女の子たちの見る目は違った。 離縁したのち、男と変わらぬ仕事をして身を立てている小夜里の姿は、いつしか町家の娘たちに、 「こがぁな生き方もあるんじゃのう」 と思わせるようになっていた。
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