第1章

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物置から、四角い七輪が収められた箱を取り出す。炭は夏のバーベキューの時に余ったものが、結構な量残っている。 網は昨日、ホームセンターで買ってきた新品のものを用意した。……古い網の臭いうつりは勘弁だからな。 庭に出て、七輪に炭を配置して火を入れる。着火材なんて無粋な物は使わない。この際、とことん拘ってやるのだ。 しかし、残り物でも備長炭に火を入れるのには随分手間取ってしまった。もう夕方になれば涼しくなるっていうのに、シャツが汗でびちゃびちゃだ。 まあ、これも桶に氷水でキンキンに冷やしている缶ビールを旨くする良いスパイスだ。 炭を端に寄せて、網を乗せ、良い具合に温まった頃合いにクーラーボックスの中で最高の状態に保たれた『ソイツ』を取り出す。 銀色で幅広の刀の様な身体に、下顎の先が黄色く、その目には透明感を携えている『ソイツ』は脂のノリと新鮮さが抜群の証拠だ。しかも、こいつは滅多に見かけない一本釣りの……そう、『秋刀魚』だ。 俺は、秋刀魚の水分をキッチンペーパーで拭き取り、高いところから粗塩を満遍なく振る。更に、塩を振った事で新たに滲み出た水分を再びキッチンペーパーで拭き取り、もう一度高いところから粗塩を満遍なく振る。 下拵えを済ませた後、七輪の網に刷毛で酢を塗り、秋刀魚が網にくっつく事を防ぐ。 そして俺は、下に炭が無い網の上に秋刀魚を静かに乗せた。 ――――――、 七輪の熱に炙られた秋刀魚の内部に蓄えられた脂の弾ける音が耳を、炙られた事で辺りに拡がる芳しい薫りが鼻腔を、それぞれが蹂躙し始める。 ――堪らない! だが、まだ焦る時ではない。焦げ付きに注意しつつ、じっくりとゆっくりと焼き上げるのだ。 片側に網目が付くぐらいになるまで、焦りを誤魔化す為に大根をすりおろす。ただ、時間を掛けすぎて秋刀魚を焦がしたくはないので、一回分を手早くすりおろし水気を切る。 直後、軍手をはめて網を浮かせて焼き加減を確認する。程よい焼き目が付いたので、ぞっと網を振り慎重に秋刀魚を網から剥がす。そして、ゆっくりと返して再び網に乗せる。
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