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「手、寒くない?」
「あ、カイロが喋った」
一心不乱に撮り倒し、一段落ついた末の最初の会話。
およそ半ば気まぐれに端を発した朝5時からの撮影に付き合っていただいているのみならず、60キロ運転してこの絶好のロケーションまで連れてきてくれた恩人に対して吐く言葉ではない。流石に堪忍袋の緒が切れてもいいのではないだろうか。
年がら年中、このような扱いである。
今は12月。今日は朝靄にけぶる湖と白鳥を撮るために、朝の5時から起き出して遠路遥々運転した末のカイロ扱いである。
ただひたすら風光明媚な場所へ行ってはカメラを向け、満足したら帰る。別に浮ついた雰囲気一つあるわけでもなく、来た見た撮ったの繰り返し。付き合い続けるのはよくよく物好きだと思う。
「冷たっ!!」
「カイロが騒がないの」
服の下に差し込んだ冷え切った手が、かじかんだ指先が、直接触れた腹部から急速に体温を奪う。
これは、幼少からの習慣だ。悪癖と言ってもいい。子供の頃から冬の外遊びのたびにこうやって氷のような手を差し込んではキシシと笑い、カイロ扱いしてきた。
「…さすがにもう恥ずかしくない?コレ」
「別に。周り誰もいないし」
周りに目につく生き物はカモ、ガン、白鳥くらいのもので、その彼らも一向に餌をくれるわけでもない人間たちにはもはや一欠片の興味もない。お互いの一対の瞳以外、誰も見つめるものはいない。
「しかしこの寒さではカイロも流石に冷えきってしまいます」
「じゃあ君も入れてみる?手」
「それは自爆では」
「じゃなくてさ…」
「…それは流石に」
一欠片の、勇気。
「…いつもよく付き合ってくれるよね」
「我ながらそう思うよ」
「感謝してるんだよ」
「…今後ともご愛顧よろしくお願いします…」
私の取り扱い方も覚えてほしいなと思う。
ファインダー越しに白鳥が
【リア充爆発しろ!】
と叫んだ。
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