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最寄駅の一つ前の駅で彼は降りた。
「あ、あの…!」
会釈をして去る彼の後ろ姿に私は声をかけた。
電車はすぐに閉まって、私を置いていった。
彼は少し驚いたような顔をして振り向く。
「タオルいつか返したいんですけど…」
その言葉に笑みを浮かべた。
「よかった。それ、僕の先輩のバンドのツアータオルで、貰い物だからどうしようかなって思ってたんです。自分で貸しておいてって話ですよね。」
煙草なのかお酒なのか掠れた声が私の耳に触れる。
私は名刺を取り出し渡した。
「いつでも連絡いただいたらお返ししに行きます。あの、本当にありがとうございました。」
「あの、タオル貸したお礼に一つお願いしてもいいですか?」
彼は頭を掻きながら私を恥ずかしそうに見た。
「実は僕バンドやってるんですけど、チケット余ってて…一枚買ってください。明日だから時間が合えば…」
図々しい。一瞬その言葉が私の頭に浮かんだ。しかし、タオルを借りていなかったら気づかずに恥を晒し続けるところだった。借りを作ってしまったのは自分だ。
「わかりました。明日までに洗濯してお返ししますね。」
彼から2000円でチケットを買った。
念のため連絡先を交換した。
名前は祐樹。21歳。
それは連絡先を交換した時にプロフィールを見て知った。
借りたタオルをぎゅっと握りしめて私は家に帰った。
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