風景

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風景

 今日すれ違ったひとは一体何人いたのだろう。数字にしてみれば多いはずなのに、一人として顔も名前も知らない。ただ流れていく風景と同じだった。  帰りの電車でたまに一緒になるひとがいる。学ランにきっちり身を包み、明るい茶髪で、いつもブックカバーを付けた文庫本に視線を落としている。  そのアンバランスな風貌が風景から彼を浮き彫りにした。  夕日に焼かれた電車の中に入ってざっと席を探すと一つだけ空いていて、夏実は数歩近づいただけで足を止めた。 「(となり……本のひとだ)」  空いている席の右隣は、夏実が顔を覚えている知らぬひとがいて、今日も文庫本を読んでいる。その彼がふと顔を上げて夏実に気が付き、膝に乗せていたバッグの持ち手をそっと引き寄せた。隣に座るであろうひとへの気遣いが見え、それに背を押された夏実はブレザーの裾を正して、あたかもなにも気付いていないという顔で席に座った。  電車が動き出すと振動が体を通る。速度を上げて流れていく風景に反射された夕日が少し眩しい。  夏実は視線を横に向け、彼のブックカバーで隠れていた本の中身が目に入った。 「それ……」     
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