3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
星空の彼方
七月七日。
町中の夜空には、天の川どころか星屑すら見出せない。
どこか悲しげな闇夜の中で、ある洋館だけは堂々とした風体でそこに座している。
そして洋館の建つ広場の入り口に、中学生の天沢彼方は訪れていた。
「……来ちゃったよ」
つい口から言葉がこぼれ、はっとして唇を噛みしめる。また弱音を吐かぬよう。
(落ちつけ僕!)
と自分に言い聞かす。深呼吸を行い、眼前の大きな建造物を見据えた。
建物の名は『名古屋市市政資料館』。
ネオ・バロック式の赤レンガの洋館は、大正時代に建てられた。
当時は名古屋控訴院や裁判所としての役割を担った、国指定重要文化財だ。
現在、室内には当時の法廷をマネキンで再現した展示室や、市民の芸術作品を集めた展示室などがある。
元裁判所なだけあって、まとう空気は華やかでありながら厳か。今のような人気のない夜中は特に。
そんな所に自分は今まさに忍び込もうとしているのだ。
「……よし」
意を決する時だ。
「必ず見つけるから……父さん」
少なくとも広場に入るのは非常に簡単だ。決して誰にも見つかってはならない。このような時間、誰もいないに決まっているが……
「こんばんは!」
突然、背後から誰かが声をかけてきた。
「うわああっ!?」
彼方は口から心臓が飛び出そうになり、反射的に振り返る。
「やあ、君。こんな時間にこんなとこで、何しとるんだね?」
問題の声の主は更に話しかけてきた。
広場に植えられた桜並木の下、ベンチにたたずむ人の影。近くの街灯で人物の姿が把握できた。
できた途端、彼方はぽかん、となってその場に突っ立った。
最初のコメントを投稿しよう!