星空の彼方

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星空の彼方

 七月七日。  町中の夜空には、天の川どころか星屑すら見出せない。  どこか悲しげな闇夜の中で、ある洋館だけは堂々とした風体でそこに座している。  そして洋館の建つ広場の入り口に、中学生の天沢(あまさわ)彼方(かなた)は訪れていた。 「……来ちゃったよ」  つい口から言葉がこぼれ、はっとして唇を噛みしめる。また弱音を吐かぬよう。 (落ちつけ僕!)  と自分に言い聞かす。深呼吸を行い、眼前の大きな建造物を見据えた。  建物の名は『名古屋市市政資料館』。  ネオ・バロック式の赤レンガの洋館は、大正時代に建てられた。  当時は名古屋控訴院や裁判所としての役割を担った、国指定重要文化財だ。  現在、室内には当時の法廷をマネキンで再現した展示室や、市民の芸術作品を集めた展示室などがある。  元裁判所なだけあって、まとう空気は華やかでありながら厳か。今のような人気のない夜中は特に。  そんな所に自分は今まさに忍び込もうとしているのだ。 「……よし」  意を決する時だ。 「必ず見つけるから……父さん」  少なくとも広場に入るのは非常に簡単だ。決して誰にも見つかってはならない。このような時間、誰もいないに決まっているが…… 「こんばんは!」  突然、背後から誰かが声をかけてきた。 「うわああっ!?」  彼方は口から心臓が飛び出そうになり、反射的に振り返る。 「やあ、君。こんな時間にこんなとこで、何しとるんだね?」  問題の声の主は更に話しかけてきた。  広場に植えられた桜並木の下、ベンチにたたずむ人の影。近くの街灯で人物の姿が把握できた。  できた途端、彼方はぽかん、となってその場に突っ立った。
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