一冊の本

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 ここにあなたが書いた一冊の本がある。  本がどうやって書かれるかご存知だろうか。もちろんそれは、作家が四苦八苦し、推敲を重ねた末に生まれる。しかしながらこれは、実は作家自身が思いついているものではない。思念によるものである。 具体的に説明しよう。読者というのは新たな刺激を求めるものであり、そして常に移り変わりながら、ある嗜好を有する。その思念が一定の強制力を持って、作家をして好みの本を書かせているのである。  およそ突拍子もない事のように思われるかもしれない。だが、作家が本当にゼロから一を生み出していると皆さんが思っているなら、それこそ突拍子もないと言わざるを得ない。この世の本という本がすべて、数少ない作家の脳内から捻り出されたものであるはずがなかろう。彼らは机に向かって、背中に感じる見えない読者の要望を絶えず受け止め、具現化するのが仕事なのだ。  あなたが読み手なら、書店を闊歩していて運命の一冊を見つけたことがあろう。あなたが書き手なら、産みの苦しみのなかで一筋の光を見つけたことがあろう。読み手は常に書き手であり、本には必ず読み手がいるのである。  ここに、あなたが書いた一冊の本がある。
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