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なぜ声をかけたのかと問われても、上手く答えられない。
ただ、当時あたしたちの間では、絶賛『ハリポタ』ブームで、あの魔法少年の物語を誰しもが読みふけっていたものだ。その中で一人だけ別の本を熱心に読むその姿が、あたしの目には不思議に映ったのだ。
好奇心。簡単に言えばそうなのかもしれない。
とにかく、あたしにいきなり声をかけられた彼女は、五秒くらいかけてゆっくり顔を上げた。周囲を一瞬で見渡すと、信じられないといった表情で、目をぱちくりさせた。
「あの……私……?」
ほとんど発することのない彼女の声は、ひどく掠れていた。それが幾分か不憫だった。
「うん。高木さん、いつもその本読んでるよね。なんていう本なの?」
彼女は気恥しそうに俯くと、本のページを意味もなく捲った。ひとしきり捲り終わると、今度は泣きそうな顔で口をすぼめた。
「と……と……」
「と?」
「ともちゃん……の冒険……」
言い終わった後すぐに、彼女は本を立てかけ顔を隠した。なるほどたしかに、本の表紙には『ともちゃんの冒険』と書いてある。
「……へー。面白いの? それ。なんだかちょっと子供向けみたいだよね?」
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