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間もなく、地獄の釜に放り込まれたかのように怒涛のスピードで落ちていく頭。つま先から駆け上がってくる何かが首のなかをくぐり抜け、落下する頭のなかを溶かしていくのを感じた。ああ、顔が痛い。触ることもできないほど顔が痛い。カタカタと、ぎこちなく鼻の脇を走っていくそれが脈打つように流れ出し、あごの岬をつたってくたびれた襟ぐりに染み込む。胸まで到達すると、それは心臓を踏みつぶしながら再び昇りつめ、熱を帯びた皿の淵から途絶えることなく垂れていくのだ。頭がちぎれそうになっても決して開かない鉛のような瞼。虫のように転がってむせびあがく体、どう念じても止めることができない。
不快だ。今まで生きていたなかで、こんなに気持ちの悪い感覚は味わったことがない。止めてくれ、頼むから止めてくれと、手ごたえのない叫びが血管に乗り無数にある脳の回路をさ迷う。しかしそう願えば願うほど酷い吐き気に襲われた。もはや一滴も残さんとばかりに、ダムの放流のごとくそいつは体から搾り出されていく。ダメだ、もう怒りを生むこともできない、恐怖する力もない。
そうか、俺は終わるのだ、これで本当に終わるのだ。ならば見ておこう、溺れそうな目から見える最後の風景。少しぼやけて船のように浮かぶ灯り。あぁ、明かりも消えていくのか。これが人生の終焉というものなのか。
もう痛みもないのに…凍えるような寒さすら感じているのに。
「お父さん!」
その声にハッとした。娘だ、娘が背中を叩いている。なんだ、なにが起きたんだ?ゆっくりと自分の顔を触ってみると、ベタベタしたものが耳の方までびっしょりとくっついている。
力なく背中を叩く手もまた濡れていて、娘はそれ以上声を発することなく何かをみていた。いったい何なんだ。
相変わらず重い瞼を震えながらこじ開け、ようやくむき出しになった瞳が、娘の視線をゆっくりと追う。
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