永い一日

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ゆらゆらとそよぐ煙の中で、女房が笑っている。 その前には、えんじの箸とべちょべちょの白飯、地図のような目玉焼きに塩鮭の塩焼き。 お前、その鮭は塩っぱいから食うなよ。そういえば味噌汁やるのを忘れたな。 お茶か、お茶も忘れたな。わかってる、先に湯飲みを温めるんだろ。 そういえば雑巾はどこだ?いつも使ってただろ?どこにもないんだよ、随分さがしたんだぞ。あぁそれと、祝儀用の袋も必要なんだ。それにな、お茶っ葉もそろそろなくなるぞ。 それから、それからあとはなんだ?別に今じゃなくてもいいじゃないか、いいんだけども… いまだ治まらない不快感と戦いながら、激流から逃れた頭の隙間で記憶のメモを引き出そうとするが、立ち止まる思考の欠片(かけら)さえのみ込んでしまう景色が、真夏の雨雲のごとく僅かな隙間をも染めていった。 娘を怒鳴りつけた俺の袖を、飼い犬のひもを引くように固く引っ張り、笑いかけていたのはいつのことだったか。 正月に顔を出す娘夫婦をみていると、あれは遥か昔のことのようだと頷き合ったのは銀婚式の前の日だったな。 絶え間なく押し寄せるそんな景色たちが、いとも簡単に、ずいぶんとあっけなくこと切れるものだ。 家中のところどころに不自然にあいた空間、においだけが漂う部屋、けれど聞こえるはずの声はどこにもない。 こんな今日が終わり、明日も終わる。明後日を超えたら今度は明々後日がくる。     
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