サラマンダーの子

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 意志と関係なく体の奥底から、真っ赤に滾る炎が衝動を突き動かすように右腕へと駆け上る。  ダメだ。落ち着け。  腕がガクガクと震える。なぜだ、どうして抵抗する! 抵抗さえしなければ、誰も苦しまずに済むんだ! あのときみたいに抵抗なんてしなければ!! 「くっ……」  抑えろ。衝動を。  赤々と燃える炎が、僕に残ったサラマンダーの部分を刺激する。  やめろ。  天幕に燃え移った炎が一斉に広がる。  やめろ。  燃え盛る天幕が落下し、机や椅子が火矢を放たれたときのように一気に燃え上がった。  目の前に広がる真っ赤な太陽が、瞳の中に迫ってきた。 ーー「逃げろ!」「ここはもうダメだ!」  飛び交う怒鳴り声と悲鳴は轟音とともに巨大な炎が飲み込んでいった。 「うわぁぁぁぁ!」  咄嗟に手を引かれ炎の渦から逃れた僕を無理矢理立たせると、その大きな背中は走り始めた。僕の手を強く、きつく握ったまま。 「大丈夫よ。サラマンダーのみんなは炎に強いから、これくらいじゃ死ぬことはないから」 「でも、すっごく痛いって!」 「もちろん痛みはある。だけど、それよりもここで捕まった方が痛い思いをするわ。早く戦場(ここ)から逃げないと!」ーー  震える腕は、本能のままに天に向かって伸びる。腕の間接がピキピキと音を立てて、皮膚から血が吹き出した。ーー抑えろ、抑えるんだ。感情を制御しろ、思考を止めろ。記憶を……。 ーー「やめて! 離して!!」  いつの間にか僕らは囲まれていた。片手に剣やハンマーを、背中に弓矢を携えた人間の集団に。 「お前は人間だな? だが、そこの子はーー」  不気味な黒い瞳が僕を見下ろした。体が勝手に後ろへと下がる。 「この子には手を出さないで! この子は! この子はーー」 「サラマンダーと人間の混血か。汚らわしい」  じっと僕を見たまま男は言った。いや、僕を見ているんじゃない。その目が見ていたのは、うっすらと生えてきた顔の鱗。強く、きつく手を握った。その手は汗でべっとりと濡れていた。ーー  右掌が勝手に開き、灼熱の高温が胸から腕を伝っていく。ちょうど、それは噴火直前のマグマに似ていた。 ーー不意に手が離れた。目の前に赤々と燃える剣が振り下ろされる。赤く見えたのは、周りの炎が映り込んだだけ。しかし、その剣は確かに燃えて見えた。憎悪に揺れる炎が。 「逃げて!! アベル!!!!!」ーー
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