サラマンダーの子

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 その噂が砂嵐のようにアクアリッカ町を覆い始めたのは、確か二週間ほど前のことだったように思う。謎の力を持つ一団が、世界のあちこちを巡っているらしいという噂。その力は、紛れもなく魔法なのだが、生得的な魔法ではなく、もちろん後天的な魔法ではあり得なかった。  その魔法を一言で表すとするならば、誰かがこう言った言葉が最も特徴を表すものだと思う。それは『癒し』の魔法。四大精霊の力を持ってしても、今だかつて実現しなかった何かを『元に戻す力』。それは、僕の持っている力に似ていた。  砂埃のついた黒色のフードを目深に被り、同色のスカーフを鼻下に沿うようにピッタリとつけると、ギルドと殴り書きのような文字で書かれた木製の扉を開いた。 「いらっしゃい。おぉ、アベルの小僧か。久しいな、依頼か?」  町で1、2を争う巨大な天幕の奥からよく通る野太い声が返ってくる。恰幅のいいその体格に目をやり、中を見回すもほとんど人はいなかった。 「だが、遅刻だ。目ぼしいのは他のが持っていった」  真っ直ぐ先の机の上に雑多に並べられた薄紙を詳しく見るまでもなく、店主の言葉が本当だとわかった。食器洗いに、宅配、遊び相手に魔法の実験台ーーせめて盗まれたカメージョの捜索か、ガセルの狩りでもあれば、よかったのだが。 「まあ、そう肩を落とすな。お前さんのことだから、金がなくなりそうで来たんだろ。少し待ってろ。簡単な物くらい出してやる。待っていれば、あるいは、依頼が舞い込むかもしれんしな」  すぐに店主は裏口から外へ出ていってしまったから、仕方なく依頼書を一ヶ所にまとめてそこへ腰を落とすことにした。外の日照りを遮った天幕の中には、涼しい風が循環し、目を閉じるだけで歩いてきた疲労が回復する気がする。あとは水で喉を潤せれば、とは思うものの、店主が言うとおり、今は水を買うお金すら持ち合わせていない。  どこか遠くで聞こえる爆発音に目を開ける。申し訳ないが、店主のその好意に甘えてご馳走になろう。そして、一度家に戻り横になり、翌朝早くに出直しだ。太陽が真上に登った暑い昼間にわざわざ依頼に来る者もいないだろう。  僕が黒いグローブから指だけを出すのと、店主が早足で戻ってくるのはほぼ同時だった。そろそろ剃らなければならないな。 「おまちどう! ちょうど石焼きしたガセルの干し肉が残ってたから、食べな。ほい、命の水」
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