サラマンダーの子

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 訝しげに背中に掛けられた問いには直接答えず、右手を憎たらしい太陽を握り締めるように強く、強く握った。  力を行使するときには、必ず浮かぶ赤色の景色が頭の中に一瞬過る。そしてーー。 「エンローム・ヒューゴ」  詠唱とともに右腕がパンパンに膨らみ、掌を突き破るように巨大な火柱が出現した。鱗の無い腕はもちろん熱に覆われるが、それよりも昂る感情を制御する方が厄介だった。  ――もっと、もっと、天まで届け。そして、すべてを燃やし尽くせ。  そっと添えた左手は、本能の叫びを掻き消すように力を込める。落ち着け、鎮まれ、クールになれ。  炎から腕を無理矢理引き離して、地面に向けると、後ろから思い切り水を浴びせられた。魔法の炎が水で消えるわけもないが、そこから広がった火は消火できる。こんな身なりだから、実力を信用できない依頼人は多い。そんなときには、こうやって炎を見せて、店主が火を消すというのが半ば決まりのようになっていた。服が濡れるのは、仕方がない。どうせすぐ乾くのだ。 「こんな感じです。どうしますか?」  まだ少し焦げ臭さが鼻をつく中、唖然とするその顔を見上げた。口をパクパクと開くものの、喉が閉まっているのか上手く言葉が出てこないその依頼人は、二重あごを小刻みに揺らした。 「ご依頼ありがとうございます。それで、どうすれば?」  やはり少し痛い。後で回復しなければ。 「……エドガルド」  何度も生唾を呑み込んで、ようやく声が絞り出された。 「エドガルド?」 「エドガルド・ブランコ。私の名だ」  男はローブを被り直すと、咳払いをして前へ一歩進み、僕を見下ろした。 「エドガルドさん。どうぞよろしくお願いします。それで、どうすれば?」 「そこの十字路に二頭のカメージョを待たせている。カメージョに乗り、私と一緒にある町へ向かってほしい。話はそれからだ」 「町の名前はなんです?」  風も吹いていないのに、エドガルドはわかりやすいくらい顔をしかませた。よっぽど言いたくないらしい。 「……ピュビロエスカルボ」 「……なるほど。急いでいる事情はわかりました。さっそく向かいます」  踵を返して急ごうとした僕の足を店主の大声が止めた。 「ちょっと待て! 正気か!? だってあそこはもうすぐ……」 「……大丈夫です。大金もらってすぐに戻ってきます」  見えないように口角を広げると、僕は旅立つことにした。
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