第一章 黒龍メヴィウスと赤龍ハリアー

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 三  ダイニングから出て、元の魔道書室へと戻ってゆくインバネス姿の主人、黒龍メヴィウス。    そんな彼の背中を立って見送るプリモの耳に、赤龍ハリアーの呆れ切った声が聞こえてきた。 「メヴィウス、相変わらずケチで不愛想だね」  プリモが振り向くと、テーブルに頬杖のハリアーが、不思議そうな表情を浮かべていた。  紫紺の瞳も半眼に、ハリアーは同情しきりの調子で肩をすくめる。 「プリモ、いくら生みの親だからって、よくあんなのと暮らしてるな。ホント、感心するよ」  主人を揶揄されたプリモは、ちょっぴり不満を覚えた。  が、同時に可笑しさがこみ上げるのを感じ、彼女はくすっと笑う。 「でも、良いところはたくさんあるんです、旦那さまは。本当は優しい方ですし。今は何か複雑な器械を創っていらっしゃる最中ですから、神経質になっていらっしゃるんです」  主人を弁護して、プリモはワゴンからティーカップとポット、それに異国風の銀の茶壺をテーブルに移した。  入れ替えに、空の食器をサッサッとテーブルからワゴンへと下げてゆく。    手を休めないプリモに、ハリアーが椅子の上から聞いてくる。 「で、メヴィウス、今度は何の器械を創ってるって?」  質問はしながらも、ハリアーの声は割と興味なさげに響く。  メヴィウスの動向くらい、多少は気にしている、というところだろうか。    プリモは花柄も可愛らしい厚手のミトンを右手に着けながら、小さくため息をつく。  「さあ、わたしには分かりません。旦那さまは、わたしには魔術も技術も、何も教えて下さいませんから」  一言答えたプリモは手を止め、力なくうなだれた。  置き去りにされたような思いが胸を塞ぎ、深い吐息が唇から洩れる。  しかしプリモは、すぐに顔を上げた。  深く静かな長い吐息で胸の痞えを全て掃き出し、彼女はにっこりと笑顔を浮かべて見せる。 「紅茶を淹れますね」 「あー、いいねえ! ありがと」  即座に返ってきたのは、ハリアーの無邪気に弾んだ声。  プリモはくすっと好意的な息を洩らし、ミトンを着けた手でしゅっしゅっと湯気を吐くポットを取った。  彼女が白陶のポットに湯を注いだ途端、辺りには爽やかな茶葉の香気に満ち満ちる  くんくんと鼻を鳴らしたハリアーが、期待に満ちた笑みをこぼした。 「あー、いい匂い。ちゃんとした紅茶飲むのも、ホント久しぶりだよ。うれしいね」 「どうぞ」  馥郁たる薫りを燻らすカップをハリアーの前にそっと置き、プリモは軽く会釈した。  ハリアーも笑顔を湛えて小さくうなずく。 「ありがと。頂くね」  カップを取ったハリアーは、一口紅茶を含むと、ほう、大きな吐息をついた。 「あー、ホントにイイ紅茶だね、プリモ。これって東大陸からの舶来品だよね? プリモの淹れ方も、スゴく上手だよ」 「ありがとうございます」  ハリアーの賛辞に、プリモはじんわり頬が熱くなるのを覚えた。  熱を帯びたミトンをつい頬に当ててはにかむプリモに、ハリアーが好意的な眼差しとともに声をかけてくる。 「プリモも座ったら?」 「いいえ。わたし、食器を片付けないと。ハリアーさんは、ゆっくりくつろいで下さい」  ハリアーの誘いをやんわり断り、プリモは食器を載せたワゴンをころころと押して、厨房へと向かう。  するとハリアーも椅子から腰を上げた。  彼女もカップを持ったまま、厨房の入口までついてくる。    プリモに続き、厨房に一歩踏み入るなり、ハリアーが驚きの声を上げた。 「をを!? ココもスッゴい!」  白いタイル張りの厨房は、几帳面にきちんと片付けられ、清潔そのものだ。  鍋やフライパンもピカピカに磨き上げられ、食器棚の中も整然としている。  水がこぼれた跡さえ、見当たらない。  プリモの日々の努力の結晶たる厨房をぐるりと見渡して、ハリアーがほう、と大きな嘆息を洩らす。 「前の台所のおぞましさったら、グリーンスライムでも飼ってるのか、ってホドだったのにねえ……! アイツ、『プリモがいるといないとでは大違い』って言ってたけど、よく分かるよ、うん」 「あ、そんな……」   くすぐったさを追い払うように、うつむき加減のプリモは、小さく首を振る。  そして流し台の前にまでワゴンを転がしたプリモは、昼食の食器を流し台に移し、煌めく真鍮の蛇口を捻った。  蛇口から流れ出す水は、冷たく澄んでいる。  塔の頂上に幾つも据えられた風車が、絶えず汲み上げる地下水だ。  ちょっぴり火照ったプリモの手に、新鮮な湧水がひんやりと気持ちいい。  剣士ハリアーはというと、戸口にもたれ掛かって立ったまま、プリモの動きを目で追ってくる。  そのハリアーから、プリモに質問が飛んできた。 「ねえ、プリモ、塔の外へは出ない?」 「はい。わたし、旦那さまにお仕えして三年目に入りますが、この塔から出たことはありません」  プリモは華奢な肩越しにうなずいて見せる。 「必要なことは、ほとんど旦那さまに教えて頂きました。必要なお野菜は屋上の農園で採れますし、穀物やお肉も、契約した商人さんが運んできて下さいます」 「あたしはそんなの耐えられないな。退屈で死んじゃうよ」 「『たいくつ』?」  プリモは、ハリアーが言う『退屈』という感覚が理解できず、小首を傾げた。         この黒龍の塔には、プリモに任された仕事が山積みになっている。  お掃除、お洗濯、お食事の支度に、実験用動物の餌付け。  そして何よりも、主人メヴィウスの身辺の世話。  『退屈』などという間延びしたような感覚に囚われるもなく、日々は穏やかに、しかし目まぐるしく過ぎてゆく。  塔の毎日は充実していて、プリモは今の生活に満足している。  と、そこまで考えたプリモは、ふと食器を洗う手を止めた。  彼女は、戸口にもたれかかったハリアーへと楕円の瞳孔を向ける。 「ところで、先ほどハリアーさんは、『お仕事』を探して、この辺りにいらっしゃった、って仰っていましたね」 「ああ、言ったよ」 「旦那さまは、ハリアーさんを『しょうきんかせぎ』だ、って仰っていましたが……」 「そうだよ。これでも割と有名なんだから」  得意げに胸を反らすハリアーを真っ直ぐ見つめ、プリモはさらに疑問を投げかけた。 「『しょうきんかせぎ』って、何ですか? ハリアーさんの生業、なんですよね?」 「!?」  ハリアーが、ぶはっと紅茶を噴き出した。  紅の少女は、紫紺の瞳を真ん丸に見開いてプリモを凝視してくる。 「プリモ知らないの? 賞金稼ぎ」 「はい」  笑顔でうなずくプリモ。  口許を拭うハリアーが眉根を寄せて、プリモをじっと見つめてきた。  プリモにしてみれば、知らないことを素直に聞いただけに過ぎず、他意など全くない。  ……ハリアーのお仕事、『しょうきんかせぎ』とは何なのか?  素朴な疑問にプリモは小首を傾げる。  プリモの単純な思いがハリアーにも伝わったのか、彼女はカップを手にしたまま、張り切った胸の下で腕を組んだ。 「むう、あたしは赤龍(レッド・ドラゴン)だから、寿命の短い人間(ホムス)よりは賞金稼ぎ暦長いけど、ココまでど真ん中に聞かれたのは久しぶりだよ」  カップを手にしたまま、返答に困った様子で小さく唸ったハリアーだったが、すぐに顔を上げた。  そして誇りに満ちた視線をプリモに注ぎ、ゆっくりと答える。 「『賞金稼ぎ』ってのはね、悪事を働いた連中を捕まえてね、引き換えにお金をもらう仕事さ」 「『あくじ』って?」 「うーん、賞金が懸かるくらいのヤツになると、大体は人殺しか泥棒だけどね。あたしが捕まえた連中だと、他には馬車強盗とか、八つの街を渡り歩いて“沙汰の限り”を尽くしたヤツとか」 「『さたのかぎり』って……」  首を捻るばかりのプリモを見ながら、ハリアーが苦笑しつつ肩をすくめた。 「聞かない方がいいよ。プリモ、純情そうだから」  そこでハリアーが、カップを傾けつつプリモに視線を注いでくる。 「あたしの専門は、冒険者や武人崩れの極悪人だから、金貨百枚単位で賞金がかかってる。一人捕まえれば、半年は食いつなげるんだ」 「危なくないですか? どうしてそんなお仕事をなさっているんです?」  プリモが率直に聞くと、ハリアーはにやりと不敵な笑顔を見せた。 「一言で言っちゃえば、修行と最期の場所探し、だね」  ハリアーの言う意味が理解できず、プリモさらに問いを重ねる。 「『さいごのばしょ』って、どこですか?」  するとハリアーは、犬歯を光らせて、にっと笑った。  紫紺の瞳には、矜持に満ちた誇り高い煌めきが宿る。 「あたしら赤龍は武人の一族でさ。ほとんどの子供は六歳で一族の誰かに弟子入りして、武術を究めるんだよ。そして最期は、自分より強いヤツに負けて死ぬのさ」  ハリアーが、ふっと吐息をついた。 「本当は、師は一番弟子に全てを伝授して、最期には弟子に討たれて死ぬのが、あたしら赤龍の慣わしなんだけどね」  そこでハリアーがふくれ面を見せ、荒く鼻息を鳴らす。 「でも一族最強の戦士は、あたしを妹子(でし)にするのをイヤがってさ」 「どうしてですか?」 「あたしが女だからだって! ホント、バカにしてるよ!」  悪戯な頬をふくれさせ、唇をちょっと突き出したハリアーが、不満を隠さずに続ける。 「で、仕方がないから、家出同然にウチを飛び出してさ。伯父上の口利きで、腕の立つ騎士に妹子(でし)入りしたんだ。独立してから、しばらくは雑多な依頼で食いつなぐ冒険者稼業してたけど……」  一度言葉を切ったハリアーが、軽く目を伏せた。 「あたしには一騎打ちが向いててね。武人崩れを専門に狙う賞金稼ぎになった、ってワケさ。これも赤龍の血の宿命かもね」  そこでハリアーは、苦笑めいた息を洩らす。 「この稼業は、相手の命を獲(と)るのが目的だからね。あたしも、いつ相手に命を渡してもいい、そんな覚悟で賞金稼ぎをやってるよ」  少女剣士の紫紺の瞳が、憂いを帯びてわずかに曇る。 「ひとってのは、生きるヤツはイヤでも生きるし、死ぬヤツはどう足掻いたって死ぬんだから。あたしも例外じゃない。つまり、あたしより強いヤツにやられる場所が、あたしの“最期の場所”さ」  そう言っておきながら、ハリアーは強気ににやりと笑う。 「ま、でもあたしも簡単にやられるつもりはないよ。腕にはちょっと自信があるしね」 「そうですか……」  うつむき加減に、ぽつりと答えたプリモ。  プリモには、正直なところ、ハリアーの考え方が理解できない。    それでも賞金稼ぎという仕事、それに赤龍の血筋にハリアーが強い誇りを抱いていることは、肌で感じ取れた。  きっとハリアーは、プリモには想像もつかないほど、広い世界を旅して回り、いろいろなことを見聞きして来たに違いない。  そこでプリモは、はっと思い出した。  ……もしかしたら、ハリアーなら知っているかも。  プリモは、尊敬に満ちたラピスラズリの瞳をハリアーに向けた。 「あの、ハリアーさんは、いろんな所へ行って、いろんなことを見聞きしていますよね?」  空のカップを手にしたまま、一瞬きょとんとした顔を見せたハリアーだった。  が、すぐに苦笑を洩らして軽くうなずいた。 「あー、まあちょっとくらいはね」 「あの、ハリアーさんは、『偏向水晶(でぃふれくたーくぉーつ)』って、ご存じですか?」 「『偏向水晶』?」  ハリアーが鸚鵡返しにプリモの問いを繰り返す。  しばらく腕組みして考えていたハリアーだったが、すぐにプリモに向き直った。 「んー、そういえば、だいぶ前にメヴィウスからちらっと聞いた気がするよ。かなり特殊な水晶らしいね。アイツが探してるのかい?」  聞き返されたプリモは、深くうなずく。 「はい。今の旦那さまのご研究に必要らしくて。それがなくて、ご研究が進まないと仰っていました。いろんな国を巡ったハリアーさんなら、ご存知かと思って」 「なるほどねえ……」  ハリアーは腕組みのまま、あらぬ方を見上げた。 「アイツが見つけられないってことは、相当珍しい代物なんだろうけどなー」 「運が良ければ、どこか『ばざーる』か、詳しい商人さんから手に入れられるとか」 「バザールか……」  むう、と小さく唸ったハリアーが、染み一つない天井を仰いだ。  そして腕組みで思案に暮れること、数秒ばかり。  ぱっとハリアーがプリモに向き直った。 「そうだ! アリオストポリのバザールなら、見つかるかも。アリオストポリのあるアープは交易国家だし、そのバザールも結構大きいよ」 「本当ですか!?」  プリモも思わず弾んだ声を上げ、パンと濡れた手を打った。  流し台の前から離れ、彼女は鴨居にもたれかかるハリアーへと歩み寄る。 「あの、わたしを、そのバザールへ連れて行って頂けませんか? お願いします!」  プリモは腕組みのハリアーに向かって、深々と頭を下げた。  目をギュッと瞑ったプリモの手が、エプロンの裾を堅く握り締める。  必死に懇願した彼女の耳に、ハリアーの朗らかな笑い声が聞こえてきた。 「他人行儀はやめてよ。アリオストポリのバザールなら、あたしもちょっと覗こうかと思ってたトコでさ。せっかくだから、一緒に行こうよ」 「じゃあ、わたしを、アリオストポリのバザールへ、連れて行って下さるんですね?」  声を弾ませたプリモは、じっとハリアーの瞳を見つめて念を押す。  と、途端にぷふっとハリアーが噴き出した。 「どうしたの? プリモ。目が寄っちゃってるよ」 「え? あ? え?」  自分でも気の付かない間に、プリモの視線は縋るような上目遣いになっていたようだ。  かあっと頬が紅潮するのを覚え、プリモは首を竦めてうなだれた。  どうしても不安な時、うつむき加減に相手を見上げるのが悪い癖だ、と指摘されたことをプリモは思い出す。 「ご、ごめんなさい……」  小さくなるばかりのハリアーを見ながら、ハリアーがうんうんと好意的に何度もうなずく。 「いいよ、そんなの。あたしが案内してあげる。プリモの探しもの、あたしも手伝うよ」 「ありがとうございます! よろしくお願いします!」  顔を上げたプリモは、精一杯の感謝と喜びを満面の笑みに変え、もう一度ハリアーに頭を下げた。  ハリアーも悪戯で不敵な笑みを口元に湛え、プリモに片目を瞑って見せる。 「よし、じゃ決まり! 明日朝一に出発して、夕方に戻るよ」  歯切れよく口にしたハリアーだが、何か怪訝な目でプリモの全身を見回している。 「で、プリモ、外へ着ていく服はあるよね?」 「服って、これじゃだめですか?」  ハリアーに聞かれたプリモは、彼女の視線を追うように、自分の着ている服を眺め回した。  今のプリモは、白黒のワンピースに純白のエプロンというメイド姿だ。    彼女の頭から爪先までをじろじろと眺め回すハリアーの視線が、だんだんと胡乱になってくる。 「……ねえプリモ、もしかして持ってる服って、それだけ?」 「はい。あの、何か変ですか?」  当たり前のようにうなずいてから、プリモはハリアーの引き気味な眼差しに気が付いた。  ハリアーが、長い前髪の下の額に片手を当てて、深く深く濁ったため息をつく。 「……あんたも重症だよ、プリモ」  一言そう呻き、彼女はきっと顔を上げた。 「アイツ何考えてるんだろう! 自分は『万有術士(マグス・ウニヴェルサリス)』なんて呼ばれて、いい気になってるクセに!」  口許の尖った歯を光らせて咆えたハリアーだったが、すぐにがっくりと肩を落とした。 「あー、ケチのメヴィウスには何言ってもムダか。いいよ。あたしが外出着、用意してあげる。何が何でも、プリモは外へ連れ出して、広い世界を見せてやらないと」  顔を上げたハリアーが、鼻息も荒く言い放つ。  きっぷのいい、姐御肌の片鱗を覗かせるハリアーを見ながら、プリモは思い出していた。  旦那さまは、確かハリアーを『無一文』と言っていたはず。       彼女の懐具合を気遣い、プリモはおずおずと尋ねる。 「用意って、どうなさるんですか? 旦那さまは、ハリアーさん、お金がないと」  するとハリアーは、にやりと笑った。紫紺の瞳が、意味ありげに煌めいている。 「プリモも、あたしが本当に無一文だと思ってるんだ。まあ、確かにココへ来る時は、大体おケラだけどね」 「『おケラ』って、何ですか?」  またも疑問をそのまま口にしたプリモだった。  だがハリアーもプリモを理解してきたのか、面白そうな苦笑を交えつつ、親切に答える。 「全然お金がないこと。でもね、あたしの場合、ちょっと違うよ。まだ受け取ってない賞金が、あちこちの街で結構そのままになってる。だから手持ちはいつも少ないけど、正真正銘の無一文、ってワケでもないんだよね」 「どうしてお金を受け取っていないんですか?」  プリモが尋ねると、彼女は冷めた紅茶を一気に飲み干した。 「あたしは流れ者だからね。重いし危ないから、そんなに大金を持ち歩けないんだ。だからこの国に来て、賞金を受け取れる街が遠くてどうしようもない時に、ココへ来るんだよ」  ちょっと舌を出し、へへっと笑ったハリアーが決まり悪そうに告白する。 「でも、この塔は割と居心地が好くてさ、つい長居しちゃうんだ」 「どうしてですか?」 「ココってば、きったないトコだけど、誰も来ないから静かでさ。でも前に来た時、あんまり退屈だったからメヴィウスの倉庫を探検して、器械を壊しちゃってね。まだ根に持ってるんだよ、アイツ」  そこでハリアーが、プリモの顔を見つめてきた。 「ね、忙しくなかったらさ、プリモ、話し相手になってよ。退屈しなくて済むからさ」  ハリアーのお願いを受けて、プリモは控えめな微笑を口許に湛えつつ、謙虚にうなずく。 「わたしなんかでよければ。もしご迷惑でなければ、わたしにも外のお話、聞かせて下さい」 「もっちろん! お安いご用さ」  満面の笑顔でうなずいたハリアーだったが、そこで慌てた様子で付け加えた。 「あ、賞金のことは、メヴィウスにはナイショにしといて。アイツ、がめついんだから」  悪戯っぽく片目を閉じた彼女を見て、プリモはくすっと笑った。 「はい。ナイショにしておきます」  プリモが笑顔で返したその時、この塔の中にベルの音が鳴り響いた。  高らかに澄んだ音色だが、リズムは乱雑。  耳に心地よいとは、およそ言い難い。 「をを? お客かい? さっきプリモが言ってた商人?」  何気ないハリアーの問いに、プリモは深いため息で答えた。 「いいえ。契約している商人さんや、この塔に関わりのある方は、わたしたちに分かるように、決まった鳴らし方をして下さいます」 「ああ、あたしもメヴィウスから、一応呼び鈴の鳴らし方は聞いてる」  ハリアーの言葉に、プリモはうなずく。 「この鳴らし方は、きっと冒険者ご一行さまでしょう」 「じゃあ、あたしが追い返してやるよ。宿賃の代わりさ」  不敵に笑ったハリアーが、足元から剣を取った。  だがプリモは慌ててハリアーを押し留める。 「あ、いえ、大丈夫です。これがわたしの……」 「いや、のぼせ上がった冒険者ってヤツは危ないよ」  そこで再び呼び鈴が鳴った。  さっきよりもより一層乱暴に。 「ほら、冒険者サマがお待ちだ。行くよ!」  言うが早いか、反り身の剣を背負い直したハリアーが、食堂から飛び出す。  プリモもハリアーの足音を追って、塔の一階へと急いだ。                 
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