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「座って、本を読んでるだけです」
そう言いながら、私は彼の事を考えていた。
しわくちゃの患者服にボサボサの髪の毛の彼は酷く猫背で、患者の中でも日ごろ寝ていることの多い人なのだろうかと私は推測していた。
その時だった。
「もしかしてだけど、その本って”最後の事件”じゃないかい?シャーロックホームズの」
その言葉に私は驚いた。確かに私が読んでいるのは”最後の事件”であり、ブックカバーを付けたそれをいとも簡単に当ててみせたからだ。
「どうやらあっているようだね?いやぁ!本の趣味が合うとは思っても無かったよ!」
飄々とした彼は嬉しそうな声を出しながら手を叩く。その音が周囲の視線を集めて少し恥ずかしい。
「なんで」
「ん?」
「なんで分かったんです?」
「それはね…………」
彼が言おうとした瞬間、私は彼の背後に目が移った。
彼の背後に立つ、笑顔が素敵な看護師さんに。
私の視線に気付いた彼は、背後のそれを見てから走りだす。
「高嶋さん!診察の時間を抜け出さないでください!さぁ、行きますよ!」
「えっ、いやっ、ちょっとまって。いやぁ!」
即座に襟元を掴まれた高嶋さんが手を振りながら否定するも、無慈悲にも連れて行かれてしまった。
やがて、諦めた様に歩き始めた彼は見えなくなっていった。
「なんだったんだろ……?」
状況が分からない私は栞を挟んで時計を見た。既にかなりの時間が経過しており、母が離れた場所から私を見ていた。
「友達?」
「いいや、初対面の人だよ」
「そう。気を付けるのよ」
「はーい」
そんな母の言葉を聞いていても、私の決心は固まっていた。
明日も、待合室で本を読もう。
そんなことを車いすの上で考えながら、私は部屋に戻ったのだった。
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