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「おかえり、お兄ちゃん」
「……ただいま」
「なんか汗だくだね。シャワー入ってきたら?」
「うん」
すぐに返事をして通り過ぎようとすれば、彼女は両手を広げて遮ってきた。
「……顔色悪いよ? なにかあったの?」
「……なんでもないよ」
ぶっきらぼうに告げ、首の後ろ辺りに手を運ぼうとしていた。そのとき、以前に指摘されていたことに気がつき、途中で手を止める。だけどもう遅かったようで。水色の感情が視野に入り、そっぽを向いてしまう。
「なにかあったんだね」
「……なにもないよ」
すると詩織は接近してきて、シャツの裾を引っ張ってきた。
「……なんでいつも、なにも話してくれないの?」
オレはぶっきらぼうにこう告げた。
「話す必要がないからな」
「……ほんとにそう思ってるの? 私たち、兄妹だよね」
「義理のだろ?」
即答して一睨みすると、詩織は口を閉じた。よく見ると、目じりに涙が溜まっていた。
「……義理とか関係ない。だって私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだもん」
「それはお前がそう思ってるだけだろ? オレは詩織のことを、一度も家族だと思ったことなんてない。それにオレにはもう、家族なんていないから」
そう無機質な声音で告げる。詩織からは二本の涙が零れていた。
「そっか、私のことそう思ってたんだ」
詩織はシャツから手を外し、俯きがちに言う。オレは口を噤んでいた。すると彼女は靴を履き、目を擦りながらドアを開ける。
「じゃあ私、買い物行ってくるから……色くん」
詩織は笑顔で家の外へと出ていく。感情は見たことがないほど、濃い水色だった。
歯を食いしばり、思い切り壁を殴る。
夕食の時間になり、リビングに向かう。詩織がいた。一人で黙々と食べる詩織が。いつもなら呼びに来てくれるのに。口を噤んで斜め前の席に着く。
夏休みの始まりとともに、オレには家族がいなくなった。
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