真っ暗な世界

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真っ暗な世界

 真っ暗な世界にいる僕でも分かる。  彼女は美しい。動作の一つ一つに品があり、その言葉一つ一つには思いやりが込められている。透き通った声は体に響いて心地よい。きっと絶世の美女で周囲からも愛されているステキな女性だ。  彼女は時折、僕の名前を呟いてそっと撫でてくれる。光のない世界だというのに、僕は彼女がいるだけで幸せだ。いつだって彼女のことを考え、この世界に光が差して見えるようになった彼女の姿をこの目に焼き付けることを夢見ている。  彼女に愛を伝えたいが、僕は声を発することもできなければ、思うように体を動かすこともできない。それでもよかった。僕は彼女のことを、おそらく他の誰よりも知っているからだ。  彼女が痛みを訴えた。踏ん張る声が体を震わせる。気づけば喧騒の中にいた。彼女は励ましの声に合わせて深く呼吸をする。  その時、真っ暗な世界に光が差し込んだ。頭上から一筋の光が――  光は徐々に僕の体を包み込み、辺りはすっかり明るくなっていた。息苦しさに耐え切れずに大声を出して泣いた。そんな僕を愛おしげに見つめるのは母であった。
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