接吻

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「ごちそうさまでした。満腹、満腹!」 満足そうに腹を抱え、桜子が言う。 「はいよ、どういたしまして。  ...ったく、おっさんかよ。」 そんな彼女に苦笑し、答える。 皿を台所へと運ぶと桜子は、当然の様に彼女の指定席である、ソファーへと戻っていった。 ...はいはい、洗い物の担当も、俺な訳ですね。 無言のまま再び台所へ移動すると、スポンジに洗剤をつけ、食器を洗っていく。 水の流れる音と共に、桜子の下手くそな歌声が聞こえる。 全く、いい気なもんだ。 桜子は今夜、俺と二人きりだということを、きちんと理解しているんだろうか? 平気で一人暮らしの俺の部屋に泊まりに来たりするコイツの事だ。 俺に襲われかけた事すらも、もう忘れてしまっているのかも知れない。 ...人の気も、知らないで。 気付くと、大きな溜め息が(こぼ)れていた。 「溜め息ってさ、吐く度に幸福が逃げてくらしいよ。  気を付けた方がいいんじゃない?  ...ただでさえアンタ、幸が薄そうなんだからさぁ。」 桜子はそう言うと、ゲラゲラと笑った。 本当に、意地の悪い女だ。 なんで俺は、こんな女の事が好きなんだろう? 何だか、すごい理不尽な気がする。 世間にはコイツよりも可愛い子も、性格の良い子も、ごまんといると言うのに。 洗う手付きが、自然と荒くなる。 カチャカチャと音を立てながら全ての食器を洗い終えると、桜子が言った。 「お疲れさま!ありがとね、悟。」 ...くそっ、本当にムカつく。 たったそれだけの言葉で、全てが簡単にチャラにされ、しかもちょっと嬉しいと思ってしまうだなんて。 惚れた弱味とでも言うのだろうか...、恐ろしく便利な男に成り下がっている自分。 まぁでもこんなのも、今に始まった事ではない訳だけれど。 ふと窓の外を見ると、空には真ん丸なお月様が浮かんでいた。 「桜子、見て!今日は、満月みたい。」
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