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草羽音市の北に緑恩寺という寺がある。総面積二五〇〇㎡という広大な敷地内は、七堂伽藍が揃っているそれなりに規模の大きな寺である。中央の本堂を四角く取り囲むように回廊が伸び、南側の正面に中門が配置されている。形としては薬師寺の伽藍配置とほとんど変わらない。ただし、本堂の南東に三重塔が一つ立つのみで、薬師寺のように東門。西門と二つの塔が左右対称に配置されているわけではない。回廊の外側、北東に当たる位置には大きな鐘楼が配置され、毎年ここから除夜の鐘が叩かれる。中門からさらに南の大門にかけては多くの屋台が立ち並ぶ。特徴的なのは、中門から屋台が立ち並ぶ通りまでの間に円形の広場があり、そこで催事が執り行われる事も多い。
「ここは千年前より何も変わらぬな。しかし、些か蛍が多い。美しいがはて、この辺りに水源などあったじゃろうかのう」
緑恩寺の中門の前に立ち、周囲を飛び交う美しき光の乱舞を眺めながら、郷愁を感じているような、どこか気が抜けたため息のように少年は呟いた。モノトーンのパーカーに厚手の赤の上着を上から羽織った少年。
いや、少年ではない。少年の姿に見えるがその中身は違う。それを表すように、月明かりに照らされて足元に移る影の形は、凡そ人間ではない異形を象っていた。
「そして貴様たちも変わらぬ。時代は経てど、この相関が塗り替わる事は無い、か」
少年の形をした鬼神は、いつの間にか広場に現れていたもう一人の人影に話しかける。
黒の狩衣を身に纏った、短髪の少年。その瞳に宿る感情は、大嶽丸が初めて会った時に感じたものと何一つ変わらない。いや、それ以上のものだ。
時刻は二十二時。新たな年の始まりまで後二時間。
向かい合うのは一人の陰陽師と一人の鬼。いつしか、空は暗雲が立ち込め、紫色の空はところどころ覆い隠されていた。しかし、異様な赤い月はその光を雲の隙間から降ろしている。赤い光が下りる光景は既にこの世のものではない。邪な鬼の妖力が少しずつ町を変えているかのような、そんな錯覚すら覚える。
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