星星星

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私たちは宿泊で取ったホテルをはやめに出て、車を置いたまますこし歩いた。 人気が少ない、コンクリートの住宅街。昨日のうちに雨が降ったのか、地面にはちらほら水たまりが出来ていた。 真夜中の水たまりは、真っ黒で、地獄への入り口みたいで、怖いなあ。 いつかナツメが言っていたセリフ。 私はその入り口から目が離せなくなってしまった。 「明日、子供と花火、見に行くんよ」 ナツメは背中にギターケースを背負いながら、空を見上げていた。太陽がのぼるには、まだすこし早い。音楽とお酒をたのしんだ彼は、ほおが少し赤く染まっている。 5年前の4年間、私は毎年欠かさず、ナツメと花火大会に行った。 たしか、ナツメがはっきりと空を見上げるのは、そのときの二時間だけ。 首をあげている、珍しい角度の横顔の輪郭が好きだった。 真夜中の水たまりの中では、街灯が反射して、黄色い花火が咲いている。 ナツメがいつも、地球にはりついた水面を見つめる理由が、いま、少しわかった気がする。 水たまりは、私を見据えたまま動かない。 夏の中心、五年前とちがう感触で、風がするりと、肌に馴染もうとするけど、私はそれを拒んだ。 そして虫の音がそれを許している。 ナツメとギターケースを先ほどのコンビニに置いて、私はふたたび高速に乗った。 いつのまにか太陽が顔を出していたようで、バックミラー越しの朝焼けを眩しく思った。永遠に上がったままの、おおきなおおきな打ち上げ花火みたい。 アクセルを踏み続ける。変わらない景色。変わらない道。目の前の車を追いかけるだけ。 私はあなたの結婚式には行けない。行きたくない。 延々に変わらない景色みたいに、ナツメのことを考える。 すると、私は空を見上げることが恐ろしく思えた。 理由は、いつかナツメが言っていたのと同じだろうと思う。
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